なぜ中国人留学生は、日本人から「中国の歴史」を学ぶのか

ケンカをしながら語り合えるのが中国
天児 慧, 鶴間 和幸 プロフィール

他人の意見は聞くが、絶対に謝らない

鶴間 過去のことは総括できるんですね。あとからであれば、過去の出来事をあたかも必然のように書くことができる。でも、その時代のなかに入ってみると、たとえばなぜ秦が古代中国を統一できたか、なぜ軍事的に劣勢だった劉邦が項羽に勝って、しかも400年におよぶ漢帝国を築けたのか、その当時は誰にもわからないわけです。

歴史家は結果を知ってから歴史を書いているので、その出来事を必然として語ることができますが、その時代のなかに実際に入ると、つねにいろいろな可能性があって、どこに転ぶかわからない

それを私たちはこのシリーズのなかで描こうとしたんですね。すると、それを読んだ中国の若い人たちは面白いと感じた。必然の歴史ではなく、そのつどいろんな可能性があった、というところを彼らは面白く読んでくれたわけです。

じつはいろんな可能性を含んでいて、それがどう転ぶかわからない緊迫感。実際、私たちが歴史と向き合っていて面白いのはここですね。

天児 ただ、中国の場合、何かが変わるといったとき、体制側が変えていくことがあるんですね。どういうことかというと、皇帝は他人の意見を聞いてそれを取り入れていくことが求められますが、反面、失敗は絶対に認めてはいけない。

つまり、他人の意見は聞くけれども、絶対に謝らない。これは三国志の時代から中国のリーダーに共通してみられることです。彼らは自分たちの主張を曲げませんから、それが通らないときでも力で押し通そうとする。

では、それでも押し通せないときはどうするかといったら、素知らぬ顔で中身を変えてしまう。そうやって自分がまちがっていたことは知らぬ存ぜぬで済ます。

2002年ごろに中国共産党は「三つの代表」ということを言い出しました。それまで中国共産党は労働者を代表するものだったのが、経済発展により資本家や企業家を敵視する建前が維持できなくなった。

そこで、あらたに先進的な社会生産力と先進的文化と広範な人民の3つを代表するものであるとして、中国共産党の中身を変えてしまった。こういうことをやるわけです。

ですから、現在の香港問題や台湾問題も今は力で押そうとしていますけども、国際世論や人民の反発がいよいよ高まってどうにもならなくなると、中国の指導者が自分たちのやり方を変えていく可能性はあると思いますね。今だけ見ても中国はわからない。

香港の民主化デモ(photo by gettyimages)

さまざまな「小さな中国」がある

鶴間 それと、もうひとつ重要なのは、先ほど天児先生も言われましたが、今の政権だけ見ても中国はわからないということです。現実の中国には、いろいろな考え方をもった人がいます。だから、私は学生たちによく言いますが、現実の中国に入ってみないと中国史はわからないよと。

私は1970年に大学に入りましたから、ちょうど文化大革命の時代に中国に興味をもったんですね。それで80年代半ばに1年間、西安と北京で過ごしたのですが、当時はある意味、いちばんいい時代の中国でした。

そのとき同世代の中国の研究者たちと知り合い、中国人のふところの大きさ、人格の大きさといったものを感じて、そこは日本人はかなわないと感じた。30代のとき、そういう同世代の中国人と接して、彼らの日本人にはないところを知り、いろいろ学んだわけです。

じつは中国は人々の考え方も多様で、さまざまな知恵もある。ひとつの「大きな中国」があるというより、いくつものさまざまな「小さな中国」がある、という感じなのです。

そういうものをひっくるめて学んでいくと、中国史というのはすごく面白い。読者のみなさんにも、そうした中国の面白さを感じていただけたらと思います。