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うんこはいつから「汚物」になったのか? 日本人が本気でうんこを考えるべき理由

SDGsのトイレ観は偏っている!?

SDGs(持続可能な開発目標)では「トイレを普及させ、野外排泄をゼロに」と掲げられているが、人間と屎尿との関係は地域によって、また歴史的に見ても多様なのに、はたしてそれだけでいいのか。

キノコやコケの写真家兼自然保護運動家として長年活動し、1974年から今日までノグソを続ける“糞土師(ふんどし)”伊沢正名氏と、『ウンコはどこから来て、どこへ行くのか 人糞地理学ことはじめ』(ちくま新書)を刊行した法政大学人間環境学部教授・湯澤規子氏に、うんこが貴重な「肥料」から「汚物」扱いに変遷した過程について、そして環境問題にヴィヴィットに反応する子ども・若者にこそうんこに関心を持ってほしい理由について語ってもらった。

湯澤規子氏(左)と伊沢正名氏(右)。後ろにあるのは伊沢氏所有の山林
 

うんこはいつから「汚物」になったのか?

伊沢 私は農耕が始まったらすぐ肥料が必要になると思っていたんですが、湯澤さんの本を読むと、そうではないと。いつ頃から人糞は肥料として使われていたんですか?

湯澤 日本では中世から少しやっていたという史料もありますが、自給していて売買していない時代には史料がなかなかない。

体系的に使うようになったのは元禄(17世紀後半~18世紀初頭)からですね。二毛作が始まると必要になった。人口増と「肥料がほかにない」ということが相まって必要とされるようになりました。

ただ、地理によっても違っていて、日本列島は縦に長くて、海もあれば山も沢もある。人糞が必要なのは主に都市近郊の平地です。海沿いの土地では海藻や魚介類が土の栄養になるからそんなに必要がない。

ちなみに水田は水を1回入れて抜くと土が劣化しないので、田んぼへの下肥利用は見られない一方、畑作になると大活躍なんです。

だからたとえば関東平野は土が痩せているうえに、海藻は入れられない。だけれども都市化に伴って人口増はあって、屎尿処理が必要になる。そこで合わせ技的に下肥を土壌に還元させることが選ばれた。

――伊沢さんは著書『ウンコロジー入門』で土に埋めたうんこが分解されて土の栄養になっていく(肥料化していく)過程を詳細に記録していますが、ああいうことは下肥の研究者もしていたんですか?

湯澤 プロセスの記述を見たことはないですが、江戸時代の史料には「日が射すところに置いて作る」「発酵が進まなければニラをひとつまみ入れる」程度のことは書いてあります。江戸時代には全国の農地を回って「こんなやり方がある」と紹介する「農書」が流通していて、そこに下肥、糞穣の話が出てきます。

近代になると、農家の下肥利用は自給に加えて外からも買えるようになり、化学肥料も出てきます。ただ堆肥や化学肥料をたくさん買うと農業経営が成り立たない。

だから自給肥料を充実させるしかないという機運が高まって、各農家がどのくらい自給と外部調達を組み合わせているのかといった調査の数値などが残されています。

大正期には農業試験場が下肥研究を熱心にしていて、ほかの肥料とこのくらいの割合にするとどの野菜に良い、といった研究があります。