ノグソ後、10日くらいすると分解されて無臭になる

46年間「ノグソ」を続けてわかった「うんこの重要性」

自然に還元可能な“正しいノグソ”とは?

環境問題やSDGs(持続可能な開発目標)への関心が年々高まっている。しかしそこでは重要な観点が抜け落ちている。うんこのことだ。「トイレを普及させて、野外排泄をゼロに」という話――ではない。ではなぜうんこが重要なのか?

キノコやコケなど菌類・隠花植物専門の写真家兼自然保護運動家として長年活動し、1974年から今日までノグソを続ける“糞土師(ふんどし)”伊沢正名氏と、『ウンコはどこから来て、どこへ行くのか 人糞地理学ことはじめ』(ちくま新書)を刊行した法政大学人間環境学部教授・湯澤規子氏が語り合った。

なぜ気候変動や循環社会を考える上でうんこが重要なのか? 自然に還元可能な“正しいノグソ”の方法とは?

湯澤規子氏(左)と伊沢正名氏(右)。伊沢氏の自宅で対談をおこなった。
 

いま、うんこが無視できない理由

伊沢 私は1970年から自然保護運動を茨城で始めたんですけれども、1973年暮れ近くに屎尿処理場建設に反対する住民運動をニュースで知りました。

だけどうんこをするのは自分たちじゃないか。その処理をイヤだと遠ざけるなんておかしいだろう、と憤りを覚えたんですね。

ところがそういう自分自身もそれまで処理場のお世話になっていたんです。その時初めて、自分のウンコに責任を持たなくては、と考え始めました。

その少し前に、菌類の自然界での役割に気づかされていました。動物の死骸やうんこは、キノコなどの菌類が分解することによって土に還り、次の命につながっていきます。だったらウンコを自然の中ですればいいじゃないかと気づきました。

それが私がノグソを始めた理由です。

人間だってほかの動物といっしょで、死体とうんこを土に還す以外に自然界に貢献する方法はないわけです。ところが実際には人間の死体もうんこもものすごい資源とエネルギーを費やして灰にすることで、自然に還していない。

そういう問題意識から、人にも自然にも悪影響を及ぼさない「正しいノグソ」の方法を考えて、1990年から実行しています。

湯澤 私は研究者としてのキャリアを産業史・農業史から始めました。ところがその種の史料にアクセスするのは経済史の研究者が多く、お金に関するものばかり見られていた。

だけれども、私は置き去りにされて人気がなかった食べものの史料を見ていくことにしたんです。そういうものの中に下肥――人糞を腐熟させてつくる肥料――の自給肥料の話も出てきて、人間とうんことの付き合いに関心を深めていきました。

今は法政大学の人間環境学部に所属していますが、環境問題と言うと学生はゴミ処理にはすぐ行き着く。ところが屎尿処理場にはなかなか関心を向けない。でも本丸はそこじゃない? と講義で話すとようやく少し興味を持ってくれる。

そう思っていたときに伊沢さんの『くう・ねる・のぐそ』を読んで「やっぱりそうだよね」と、ほっとしたところがありました。

伊沢 「食べて、出す」が全ての生きものの基本です。そして自然界では「命を奪う」ことが「食べる」こと、「命を与える」ことが「出す」こと。菌類の分解は、言いかえると「腐る」ことであり、それはまた「菌類が食べて出している姿」です。自然界では腐ることで新しい命につながる。菌類が死骸やうんこを分解すると無機養分と二酸化炭素を出します。つまりこれらが菌類のウンコですね。

そして植物は光エネルギーと水と二酸化炭素を使った光合成によって、有機物を作り、余った酸素を吐き出している。酸素はいわば植物のうんこです。人間を含めた動物はそれを吸って生きている。そして動物が吐き出した二酸化炭素も植物にまた使われる。ある生きものが出す不要物がなければ、ほかの生きものは生きていけない。つまり「うんこはごちそう」なんですね。

湯澤 「出す」は生きていく上では必ず付いてくる。でもそれが意識されない社会になっていますよね。うんこの話には、まだまだ入ってきてくれない学生も多いんです。そこで伊沢さんの視点のように、キノコを間に入れると「うんこは生命循環の鍵」という話に説得力が増すような気がします。

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