その日の朝、東京・新宿一丁目にあった理髪店Yで女性二人の惨殺死体が発見された。
第一発見者はその理髪店を訪れた馴染み客である。
客は店内に声をかけても誰も出てこないことを不審に思ったのだろう、カギがかかっていない戸を開け、2階に上がった。
2階の6畳間は凄惨な状況だった。床に敷かれた布団のなかに、理髪店の主人である山本ゆみ(18歳・仮名、以下同)と従業員(内弟子)である阪本ふみえ(19歳)の遺体が転がっていたのである。あたりは血で染まっていた。
駆けつけた捜査官や警察医の現場検証・検死によると、ふみえは鋭利な刃物によって左胸を刺されたことが致命傷となっていた。一方、ゆみは細い紐で首を絞められ息絶えていた*1。
1928年8月1日、朝の新宿を騒然とさせた、おぞましい出来事だった。
古今、人が人を殺める事件はあまた起きてきたが、その動機は、怨恨、金目当て、快楽殺人など様々である。しかし、この二人が殺された理由は、あまりに理不尽で、にわかには信じがたいものだった。人はこんな理由で人を殺してしまう。こんな理由で人に殺されてしまう——いったい二人に何が起きたのか。