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3.11 「原発賠償」がもうすぐ時効に…8年間、東電と戦った弁護士のある憤り

「時効後も賠償」の表明はあったけど

東北地方を中心に甚大な被害をもたらした東日本大震災から、来年3月11日で10年を迎える。

これまでに確認された死者・行方不明者は約1万8400人にのぼり、避難生活などで体調を崩し亡くなった「震災関連死」も含めると、犠牲者は2万2000人を超える。被災地の多くが急速に進む過疎や高齢化に直面している。

被害は津波だけではない。東京電力福島第一原発事故の影響が色濃く残る福島県は今も、約3万人が県外で避難生活を送り、県内に残った人たちも風評被害や東電による賠償といった難題を抱えている。

現在、「相馬ひまわり基金法律事務所」に所属する平岡路子弁護士(38)は、2013年1月に同県相馬市に赴任後、原発事故によって急速に進んだ過疎化や、高齢化といった問題に直面する被災地で、被害を受けた住民らの支援を続けてきた。その8年に及ぶ活動と今後の課題について聞いた。

「被災地の支援に携わりたい」

司法修習を終え、神奈川県横浜市の弁護士事務所で勤務していた駆け出し時代に、平岡さんは被災者支援のため福島への赴任を希望した。まだ、原発事故の記憶が強く残る時期だけに、周囲からは反対する声も少なくなかった。

2013年3月の福島第一原発4号機前(Photo by gettyimages)
 

「司法修習は石川県金沢市だったのですが、その頃から「法律に詳しくない人たちに寄り添う」のが、自分の性に合っていると思うようになりました。

弁護士の少ない司法過疎地に赴任する前提で当時所属していた事務所に就職しました。東日本大震災の被災地も、元々弁護士の少ない地域が多くあります。

そこで、先輩に「被災地の支援に携わりたい」と相談したところ、「これからは原発事故のあった福島で弁護士が必要になる」と助言をもらったんです。

ただ、当時はまだ多くの人が「放射能による健康被害が怖い」というイメージを持っていた時期。私も子どもを産む前だったので、『将来子供を産むのに大丈夫か』とか、『福島以外の被災地ではダメなのか』と心配されました」