夫に置いていかれる

義父母の先祖の墓は、方角は違っていたがそれぞれ北関東にあった。車を出しても、かなり時間がかかるので、1日にどちらかしか参ることができなかったが、双方とも墓参りは欠かさず、お彼岸とお盆には家族で出かけることになっていた。

結婚して初めてのお盆、初めての父方の墓参りをした。天気がもつかどうか不安な空模様だったが、道半ばでパラパラと雨が降ってきた。寺の駐車スペースに車を停めると、義父はさっさと降りて傘を広げ、門をくぐって行った。実はこのとき、傘は後部座席に念のためのつもりで一本しかなかった。その傘を、ひとりで差して行ってしまったのである。義母は頭を濡らして呆然と立っている。助手席から降りた私が気づいて、自分の傘を差し掛けたが、その瞬間、彼女は鼻にシワを寄せ「バカみたい!」と吐き捨てるようにつぶやいた。

義母の怒りは、墓参りを終えて帰宅後も収まらなかった。「いつもいつも、お父さんはひとりでさっさと歩いて行っちゃう!」どこに旅行に行っても、一緒に歩こうとしない。国内でも海外でも、歩調を合わせようとしなかったという。行きたい方向に早足で進んで、振り返りもしなかったと義母は愚痴った。

このとき、私はまだ義父母の関係をよく知らなかった。だから義母がこうやって怒りを顕にしたとき、非があるのは義父のほうで、義母は彼にいじめられる可哀想な女なのだと思いこんでいた。息子である夫も、どちらかといえば母親側についているようだった。義父は何かというと「俺は家長だ」と言わんばかりの態度を取る古風な男性だったから、家族の意見など耳を貸す様子もなかった。

気になって、義父母の様子を改めて観察すると、義父は義母の顔や目を見て話すことがなかった。いつもそっぽを向いて、指示だけ出す。この態度には、何か理由があるはずだ。

「雨の車事件」とその後の態度も、義父母の関係性を象徴するようなできごとだった Photo by iStock