義母の心にあった不満とは

結婚後のある日、夫の実家に泊まりに行った時のこと。家事を終え居間に戻った義母が話しかけてきた。夫は2階におり、義父は入浴中でいなかったが、ひそひそ声である。

「容子さんが働かなくちゃいけないなんて、あの子は甲斐性がないんだね」

何を言っているのか、正直わからなかった。もちろん仕事は収入を得る手段だが、私は自分の能力を活かす職種に就いて日々楽しく働いていたのだ。よくよく話を聞くと、義母は昔ながらのステレオタイプで、女は結婚したら主婦になるべきと考えていたのだった。私は好きで働いているんです、と答えると眉根を寄せて「理解できない」という顔をした。私が彼女のモヤモヤに気づかず、気づいてもまったく意に介さなかったので、面倒で不愉快な嫁が来てしまったものだとがっかりしたに違いない。

それから、義母は友人の息子の披露宴写真を出してきた。宴会の最後に撮ったらしい大人数の記念写真である。
「そりゃもう、立派な披露宴だったんですって」と義母は自分のことのように自慢気に話した。

「しめくくりには、両親に感謝の言葉を言って花束を渡して、お父さんが招待客にきちんとご挨拶して。あんたたちみたいに、自分勝手にやるのもいいけどね

「自分勝手?」何が自分勝手だったのだろう、と頭の中を引っ掻き回して、一つだけ思い当たることがあった。私たちは披露宴で、親の出番を作らなかった。感謝の言葉は、これまでお世話になってきた招待客に向けるべきだと考えたからだ。両親に計画を伝えると「そりゃあいいね!」と喜ばれた。義父母には事前に説明し、納得してもらったと解釈していたのだが、義母だけは宴のクライマックスでスポットライトを浴び、花束を渡され、涙ながらに挨拶をすることを夢見ていたのだった。

まさか結婚式にも自分が働くことにもそんな不満を持っていたとは…Photo by iStock

のちのちはっきりするのだが、義母は「よそと同じ」であることを常に望んだ。家族それぞれの性格や状況を考慮するより、世間体が全てに優先した。ただしその「世間体」は妙にねじれていて、一般常識とはちょっと違っていた。