勝手なジャッジメントに傷ついた体験

容姿について他人にとやかく言われて嫌な思いをした……なんて経験は、老若男女だれにでもあるだろう。人間、とりわけ女性は、自分が望まなくとも「容姿」という土俵で戦うことを強いられる。

「今日は化粧手抜きだね」「最近太った?」なんて無神経なことを言われたり、化粧してないと客前に立たせてもらえなかったり。ミュージシャンYoutuberのコメント欄に「かわいい」「いやブスだろ」が並び、週刊誌には最近テレビで見ない芸能人を「劣化」「老けた」だのと評する見出しが躍る……。あぁ、面倒くさい!

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たいていの人間は、無理やり高校生クイズにエントリーされてまわりからダメ出しされたり、野球素人なのに球速で格付けされたり……なんて経験はない。ピアノがヘタで不利益を被ったこともないだろうし、オセロが弱くて人格否定されたとまで思ったこともないだろう 

しかし容姿に関しては、日常的に他人から口を出され、評価され、格付けされる。「もうウンザリだ、放っておいてくれ。お前のために化粧してるんじゃない。あんただって人のこと言えるほどいい見た目してるわけじゃないだろ」。そんな言葉を何度飲み込んだことか。

「化粧しろ、おしゃれしろ、ダイエットしろ……そういう押し付けがうっとおしい。それならもう、容姿で判断すること自体をなくしちゃえばいい」となった結果が、「ミスコンは時代遅れの悪しき風習」という結論なのだろう。まぁ、自然な流れではある。

たしかに、他人から容姿で勝手にとやかく言われるのは勘弁願いたい。しかしその一方で、ミスコンのように「美」を武器にすること自体も否定していいものだろうか?とも思う。