ミスコンを見ると心がざわつく理由

わたし個人としては、「女が見た目を磨くのは当然でありマナー」という考えは好きじゃない。すっぴんでスーパーに行きますがなにか?くらいに思っている。しかし、「美」を武器にして戦うこと自体を否定しようとは思わない。

たとえば、テレビをつければ毎晩のように現役東大生や有名大学出身の芸能人によるクイズ番組が放送されている。それを「偏差値主義・学歴主義を助長する」と批判する人がいるだろうか? 少なくともわたしは聞いたことがない。

芸能人でだれが一番ピアノがうまいのか? 速く泳げるのか? 剣道が強いのか? 字がうまいのか? そういった頂上決定戦の存在が問題になったことがあるだろうか。そんなこといったら、一番を決めることを前提としたスポーツ大会なんて全部アウトになってしまう。

「その分野で強い人たちがそれぞれの武器で戦う」という意味では、ミスコンも同じはず。高校生クイズで名だたる進学校の生徒たちが早押しするように、甲子園で高校球児が青春の汗を流して白球を追うように、その大学の学生たちが自分で努力して磨き上げた美しさをアピールしているだけだ。

写真の過度な修正や健康を損なうレベルのダイエットといった「不健全な戦い」はもちろん否定するけれど、「高校生クイズや甲子園はよくてミスコンはダメ」というのは、いまいち釈然としない。

とはいえ、高校生クイズを見てもなんとも思わないのに、ミスコンを見ると心がざわつく人の気持ちもわかる。なぜなら、だれしもが、望まないまま「容姿」という土俵で戦うことを強いられた経験があるからだ。

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