忍ばせられたフェミニズムの香り

1950〜60年代のアメリカを舞台に、天才的なチェスの才能を持つヒロインの姿を描くNetflixのドラマ『クイーンズ・ギャンビット』が、世界で空前の人気だ。

次々と現れる強敵を年端も行かない少女がクールに仕留める爽快感、目を楽しませるオシャレな60年代ファッション、説明過剰すぎない静謐な演出、全7話完結というコンパクトな構成など、その魅力は多彩。チェスのルールを一切知らずとも十全に楽しめる間口の広い作りも、人気の要因となっている。

そんな中、物語全体の通奏低音となっているのが、嫌味なく、しかし力強く忍ばせられたフェミニズムの香りだ。男性優位が色濃い1960年代のアメリカ、しかも競技人口に占める男性比率が非常に高いチェスの世界で、主人公の少女ベス・ハーモンは、“女だてらに”圧倒的な実力で男どもを屈服させる。そんな物語が2020年に制作されたことがどんな批評性を帯びているかは、説明するまでもないだろう。

*本記事は作品のネタバレを多分に含んでいます。まっさらな状態で作品を楽しみたい方は、視聴後にお読みください。
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“普通の女の人生”を送れない3人

ベス役の女優が子役から成人女優にバトンタッチする第2話で、ベスは(物語の進行上はやや唐突に)初潮を迎える。場所は、初めて出場したチェス公式戦会場の女子トイレ。しかもトイレに駆け込む直前で倒した相手は、のちに恋心を抱くことになる、タウンズという名の男性だ。

競技チェスをめぐるドラマなのになぜ、わざわざベスが「女に成る」エピソードを公式戦初戦というタイミングに配置し、しかも「上腿を経血が伝う」といったあからさまな描写を伴わせる必要があったのか。それは本作が、時代に押し付けられた “普通の女の人生”を送れない3人の女性をめぐる物語だからだ。

ひとり養護施設に迎えられたベス/『クイーンズ・ギャンビット』より

3人とは、ベスの実母アリス・ハーモン、ベスの養母アルマ・ウィートリー、そしてベスである。

ベスの父親である夫と自ら決別したアリスは、ベスが物心ついたときには母子ふたりで粗末なトレーラーハウス暮らしだった。アリスは幼いベスに常々、「女がひとりで生きていくためには強くならなければ」と言い聞かせていたが、結局は女手ひとつで生活を成り立たせることに限界が訪れ、精神が蝕まれてゆく。

アリスは最後の手段として元夫を頼るも、既に彼には家庭があり、拒絶されてしまう。絶望した彼女はベスと無理心中を試みるが、ベスだけが生き残り、養護施設に送られる。これが物語の冒頭だ。