「給与は今の倍以上出す。だからウチに来ないか?」
これは、世界的に人材不足が叫ばれているITエンジニアの話ではない。工業デザイナーの話である。
工業デザイナーとは、工業製品のデザインを手がけるデザイナーのことだ。「プロダクトデザイナー」とも呼ばれる。日本人では、無印良品のデザイナーでもある深澤直人さんが、世界に知られる代表的なビッグネームだろう。
シリコンバレーに拠点を置く世界的なテック企業は、ご存知のとおり資金面に余裕のあるリッチな企業である。そうした企業では、特に4、5年前をピークに給与面をはじめとする待遇をよくして、優秀なデザイナーの獲得に精を出してきたようだ。
シリコンバレーといえば、言うまでもなくGAFAを筆頭に泣く子も黙るIT(情報技術)の一大集積地である。最先端のテクノロジーを求めて、世界のマネーや人材が、今もなお、ひっきりなしに集まってくる。
そんなシリコンバレーだから、「優秀なITエンジニアが世界で一番集まっている」と聞いても特に驚かない。そりゃあそうですよね、と納得するばかりだ。けれども、「優秀な工業デザイナーが世界で一番集まっている」と聞いて、ピンとくる人はどれほどいるだろう。
社名と本名は伏せるが、4年ほど前にGAFAのある1社に転職した工業デザイナーの阿部さん(仮名)は、長年勤めた欧州のデザイン事務所を経て、シリコンバレーにやってきた。
「それまでは正直なところ、デザイナーってそんなにお金になる商売じゃないと思っていました。だから応募してオファーを受けたときには、やっぱりビックリしましたね。株も含めると、給与は3倍から5倍くらい上がったんじゃないかな」
阿部さんが転職した理由は、よりおもしろい仕事を求めてという部分が大きい。だが、高額なオファーにも惹かれたというのは、人の子ならさもありなん。ごく自然なことだろう。
「デザインの対価としては、名前を出すか、お金をもらうかどちらかだと思っています。今の仕事で名前が出ることはないけれど、世の中に対して影響力のある仕事だし、給与も前職とは比べ物にならない。
こちらの生活には満足しています。シリコンバレーはやはり特別です。物価も家賃も高いけれど、給与も高い」