映画ライターである筆者はここ数年、フランスの映画人たちからセリーヌ・シアマ監督が近い将来フランスを代表する監督のひとりになるだろうと散々聞かされていた。彼女は『水の中のつぼみ』(2007)や『トムボーイ』(2011)など、異性愛規範(異性愛のみが正常で自然な性的指向であるという信念)に対して問題提起しながらも、ジェンダーを超えて心に響く作品で知られる。

そんなシアマ監督の新作『燃ゆる女の肖像』が本日12月4日より公開。同作は本国以外ではアメリカで2019年に公開され、外国のインディーズ映画としては異例の大ヒットとなり、2019年度のカンヌ国際映画祭では脚本賞とクイア・パルム賞(LGBTQ+やクィア映画を対象にした賞)のW受賞を果たしている他、世界中の映画祭でも数々の賞を受賞している話題作だ。著名な映画人や評論家たちからも大絶賛され、シャーリーズ・セロンは「この映画を愛しています」、ブリー・ラーソンは「後世に残したい作品」と賛辞を送っている。

今回、主演のひとりであるアデル・エネルさんに話を聞くことができた。実は彼女は昨年、10代の頃に受けたセクハラを告発し、#MeToo運動が盛り上がらなかったフランス映画界に変革をもたらしている。今、世界が注目する彼女へのインタビューをもとに、本作の魅力、そしてフランス映画界のいまについてお伝えしたい。

歴史から存在を消された女性たち

1770年のフランス・ブルターニュの孤島に佇む城で、望まぬ結婚を控える貴族の娘エロイーズ(アデル・エネル)。エロイーズの母は彼女のお見合いのために肖像画を画家のマリアンヌ(ノエミ・メルラン)に依頼するが、画家だということを隠してエロイーズの散歩の相手役として5日間付き合い、こっそりと肖像画を仕上げてほしいと頼む。

マリアンヌは無事肖像画を完成するも、真実を知ったエロイーズに肖像画の出来栄えを否定され、描き直しを命じられる。キャンバスをはさんで見つめ合い、島を散策し、語り合う2人。いつしか恋に落ちるが、彼女たちに残された時間はあとわずかだった……。というのがあらすじ。

〔PHOTO〕『燃ゆる女性の肖像』より

時代設定はフランス革命が起こる19年前で、当時のフランス女性が背負っていた、公民権差別、性差別、階級差別という3重の差別を言葉少なに浮き彫りにしている。

例えば、エロイーズは修道院で育てられていたが、結婚する予定だった姉が自殺し、彼女の代わりにと急遽修道院から呼び戻された。社会では頂点に立つはずの貴族だが、女性というだけで結婚という家同士のビジネスにおける“商品”のような扱いを受けていたのだ。事実、フランス革命から3年後の1792年になるまで、フランスでは離婚法も存在しておらず、貴族であっても既婚女性は自分の財産や子供に対し何の権利も有していなかったのである。

〔PHOTO〕『燃ゆる女性の肖像』より

画家のマリアンヌや城で働く小間使いのソフィーは自分で稼いでいたから、エロイーズよりもある意味自由だったかもしれない。でも、18世紀の女性の労働は家のなかの仕事に限定されていた。マリアンヌは父親が肖像画家だったことから、彼のクライアントを引き継ぐことができたが、彼女自身の名前で展覧会に作品を出品することができず、美術界では父親の名前を使用するしかなかった。

このように女性の芸術家が自分の名前を名乗れなかった歴史は、この後100年も続くことになる。