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「羽生世代」の時代は本当に「終わってしまった」のか

天才たちがはじめて明かした本音
2020年の将棋界は話題が豊富な年だった。藤井聡太二冠の活躍に沸くいっぽう、この秋は羽生善治九段が2年ぶりとなるタイトル戦(第33期竜王戦七番勝負)で「タイトル獲得通算100期」に挑み、注目を集めた。残念ながらレジェンドが空前絶後の金字塔を打ちたてることはかなわなかったが、「一つの時代が終わった」とも指摘されている将棋界で、天才たちはいま、何を思い、考えているのか。将棋観戦記者・大川慎太郎氏が、12月16日(水)発売予定の新刊『証言 羽生世代』に込めた思いとは。
 
 

観戦記者が盤側で気づいた「異変」

盤上に放たれた角は左に90度傾いていた。

すぐに直そうとしたが、羽生善治の右手は大きく震えていて、なかなか角は真っすぐにならない。ようやくきれいに収まったかと思いきや、今度は隣のマス目にあった相手の金に触れてしまった。その乱れは、対局相手の豊島将之が自分で直した。対照的に落ち着き払った手つきだった。

羽生が2年ぶりのタイトル戦出場となった、第33期竜王戦第2局の終盤戦での情景だ(2020年10月23日)。長らく難しい形勢だったが、中盤の終わりに挑戦者の羽生が好機を捉えて優勢に。しばらくすると羽生の右手は大きく震え始め、駒がなかなかマス目に収まらなくなった。勝利を意識すると、精神的な動揺がわかりやすく右手に現れるのだ。

以前から将棋界では知れわたっていることだったが、右手の震えは年々、長く大きくなっている。震えを押さえつけるために指しているのではないかと錯覚することすらある。

午後5時10分。豊島が駒台に右手をかざして投了した。私は将棋観戦記者として主催紙の観戦記を担当しており、2日間にわたって両者の攻防を至近距離の盤側でつぶさに見ていた。

激闘を制して1勝1敗のタイに戻した羽生に視線を送ると、閉じた扇子に小さな紙の輪をかけようとしていた。新品の扇子についているもので、普通はすぐに捨てるものだが、羽生はこれを大事にしている。その紙の輪が扇子に収まらない。

勝ってもなお右手の震えが止まらないのだ。

何度やってもうまくいかない。羽生にも焦りが見え始める。

間もなく報道陣が対局室になだれ込んでくる。1分が過ぎようという頃、羽生は柄の方から入れれば収まりやすいことに気づき、ようやく扇子に封をすることができた。

それでもまだ右手はブルブルと震え続けている。

その対面で背筋をピンと伸ばして取材陣を待つ豊島の姿を見ていると、どちらが勝者なのかわからなくなった。

誰よりも多くの白星を積み重ねてきた男が、なぜ終盤で優勢になると手の震えが止まらなくなるのか。いったい何が羽生の心を強く揺すぶるのか――。

16人の天才たちにインタビュー

藤井聡太が史上最年少の二冠に輝いた2020年夏、将棋界は世間一般から大きな注目を浴びた。ワイドショーでは毎日のように藤井の周辺や将棋が紹介され、新聞はまだあどけなさが残る18歳の青年の笑顔を何度も一面に掲載した。

こんなことは将棋界では初めてのこと……では、実はない。

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