渡哲也さん、渡瀬恒彦さん…映画監督・プロデューサーが語る「名役者兄弟」の素顔

二人とも逝ってしまった…

親分肌だった

「渡哲也さんのご逝去は本当に残念でなりません。30年以上、お付き合いさせていただきましたが、あんなに素適な方はいませんでした」(『渡る世間は鬼ばかり』などを手掛けるTBSの石井ふく子プロデューサー)

今年も惜しまれつつ亡くなった役者が多かった。8月には渡哲也さん(享年78)が他界した。2017年3月には弟の渡瀬恒彦さん(享年72)も逝去しており、ドラマ界と映画界は渡さん、渡瀬さんという偉大な兄弟を失ってしまった。

2020年8月10日に逝去した渡哲也さん photo by gettyimages
 

どう偉大だったのか。兄弟の人柄と功績をあらためて振り返りたい。

まず渡さんは親分肌。兄のように慕った故・石原裕次郎さん譲りでもある。親族の病気などによって、経済的に困っている石原プロモーションの人間や共演仲間がいることを知ると、そのたびに陰で現金の入った分厚い封筒を渡していた。無論、ポケットマネーである。

そんな渡さんの人柄に惚れ込み、舘ひろし(70)が1983年に石原プロ入りしたのはよく知られているが、実は『大都会 PARTII』(日本テレビ、1977年)で渡さんと共演した故・松田優作さんも同社入りするかどうかで迷った。

そもそも、このドラマに出演した理由は渡さんと共演したかったためでもあったが、間近で接して、ますます渡さんに惹かれた。優作さんは、まず裕次郎さんに石原プロ入りを誘われた。揺れ動いた。結局、同社の体育会的な体質は自分に合わぬと考え、辞退したが、その後も渡さんを敬愛し続けた。