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バイデンはトランプ時代の「訴訟」をどうするのか…アメリカが4年前に戻り始めた

「Big-Tech問題」の行方

Gmailのロゴ変更に驚いた

先日、いつものようにiPhoneのアプリ更新の知らせに従い、一式まとめて更新したら、Gmailのロゴが変わっていてびっくりした。長年親しんできた赤字のMの封書のイメージが消えて、カラフルな色使いになり、iPhoneのトップ画面に置くにはちょっと自己主張が強すぎるように感じた。シンプルなデザインがごちゃごちゃしたものに変わるのは、あまりよくない徴候だ。

コーポレートカラーに合わせて個別商品のロゴを変えることは、しばしば、技術的な向上よりも製品の見栄えを良くすることの方が社内会議で優先されるようになったことを示唆している。技術開発セクションよりも、マーケティングやコーポレートセクションの発言力が強まったことを意味しており、良くも悪くも多くの間接部門を抱えることのできる余裕のある成熟企業になったということだ。

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そこから、なんだかビル・ゲイツに代わってスティーブ・バルマーがCEOになった頃の、XPが登場した頃のMicrosoftに近いな、そういえばGoogleもすっかりサンダー・ピチャイしか表舞台に現れなくて、創業者のペイジ&ブリンの姿を見ることもなくなったな、などと思っていた。確か10月上旬のことだった。

そんなふうに思っていたところ、それから2週間くらい経った2020年10月20日、Googleが司法省反トラスト局によって起訴されたというニュースが流れてきた。1998年のMicrosoft訴訟からまさに20年ぶりのことだという。Gmailのデザイン変更を見たときに感じた印象はあながち間違っていなかったわけだ。

ちなみに、Gmailのアイコンの変更は、意匠だけではなく、他のコミュニケーションアプリとの統合を考えてものだった。だが、その「統合」という名で行われるGmail以外のアプリの推奨=誘導には、Microsoft訴訟の根本にあったOSとブラウザとの「抱合せ」をどことなく彷彿とさせるところがある。

それにしても、Googleの成長が時期的には、件の反トラスト法訴訟によってMicrosoftの意思決定に細かい制約が課せられた後だったからこそ可能であったことを思うと、それからおおむね20年たった今、今度はGoogleに対して制約をつけようと、反トラスト局の人たちが考えたとしてもおかしくはないのかもしれない。そういう意味では、Gmailのロゴ変更は、確かにわかりやすい徴候だった。

Big-Techというけれど、いまだにテクノロジー企業なのか? 確かに創業直後のマーケットシェアを奪いに行く頃は、破壊的なイノベーションを通じてテクノロジーの開発力の限界に挑戦していたかもしれないが、しかし、いまはどうなのか? たとえば自社アプリの接触機会の拡大という行為は、アップセルやクロスセルの試みと同等ではないのか?

そんなことを考えさせられる。