撮影/中村介架
# 経営者

ビール離れが “激増” のウラで…アサヒがそれでも「ビール」にこだわるワケ

「アサヒビール」塩澤賢一社長に聞く

ジャーナリストの大塚英樹氏は1000人以上の経営者に密着し、企業が飛躍する転換点にも立ち会ってきた。業界のはるか先頭を走るトップランナーをどのようにしてとらえ、追い抜いたのか。そして、現在の地位をどうやって安定させたのか。

大塚氏の最新刊『成長する企業トップの成功戦略を解明する ニューノーマル時代を乗り切る経営』(講談社ビーシー/講談社)では、そんな成功のポイントが詳らかにされている。短期連載の第3回に登場するのは、塩澤賢一・アサヒビール社長。現状に甘んじることなく、さらなる成長の原動力となっている「まとまるパワー」はいかにして醸成されたのか―。

『スーパードライ』のさらなる拡大を追求する

私は長年、アサヒビールがビール業界の盟主キリンビールに挑み、互角に戦える企業に成長し、ビール王者になるまでの過程をつぶさにウォッチしてきた。

印象的なのは、発売する商品が売れず、市場シェアが低下するという難局に直面する都度、全社一丸となって乗り越え、成長へ向けて再び突き進むというアサヒの「まとまるパワー」である。

その源泉は、「人を大切にする企業文化」に加え、「キリンに勝つ」という目標を全社員が一丸となって達成しようとする「企業風土」にあった。

重要なのは、末端の社員まで「目標」を共有させ、自分の頭で考え、課題を見つけ、解決していく組織風土を醸成してきたことである。その点にこそ、飛躍の秘訣があったと私は考える。

撮影/中村介架
 

塩澤賢一は、そんな企業風土の体現者である。

塩澤は、アサヒが2001年、ビール類(ビール、発泡酒)でキリンを抜き、長年の悲願を達成しても、浮かれてはいなかった。

「『スーパードライ』のさらなる拡大を追求する」。営業畑を歩み、「スーパードライ」発売(1987年)以前のどん底を体験し、アサヒは潰れるかもしれないという危機感を植え付けられてきた塩澤ならではの信念である。

現在も、「ビールの持つ新しい魅力を発信し、若者をはじめ新しい顧客を創出するには、社員一人ひとりが自分の頭で考え、責任を持って行動することがますます重要だ」と気を引き締める。

1981年、慶應義塾大学商学部を卒業後、入社した塩澤は、京都支店を振り出しに、関東支店、大阪支社市場開発部課長、東京支社東京南支店長、東京支社東京中央支店長、大阪支社長、営業戦略部長、取締役兼執行役員経営企画本部長、常務取締役兼常務執行役員営業本部長などを歴任する。