写真協力=ペシャワール会

襲撃から1年…「アフガニスタンの英雄」故・中村哲医師が友人に見せた、本当の素顔

追悼1 :ユーモアも優しさも激しさもあった

中村先生との出会いは、「研修医の派遣だった」

日本の良心であった中村哲先生(医師・享年73)が銃撃を受けて死去されてから、2020年12月4日で一年になります。

中村先生のアフガニスタンでの活動に関しては、書物やテレビ等でしばしば報道され、皆様もよくご存じだと思います。しかし今回、中村先生と共に長期に働いてきた仲間との交流を通して知り得た、先生の人間性や素顔に迫りたいと思います。

何故多くの人が中村先生と共に働く気持ちになったのか、また、私がパキスタンのペシャワールのミッション病院にボランティア研修に行き、そこで、実際経験して感じたことを中心にお伝えします。

堂園晴彦医師

3回に分けて中村哲医師の友人の堂園晴彦氏(医師)、の追悼記事を掲載する。今企画は、その1回目である。堂園晴彦氏は、鹿児島出身で慈恵医大病院卒業。学生時代に、寺山修司の「天井桟敷」に在籍して寺山氏の医療相談を務めた。

在宅ホスピスを1993年にはじめた、在宅ホスピスの先駆的な存在でもある。その後1996年に有床診療所で入院ホスピスも開始し、現在までに約2000人以上の看取りをし、現在は検死の医者でもある。
 

「風に立つライオン」からの出会い

中村哲先生にはじめてお会いしたのは、2001年の7月でした。

私は2001年にNPO 法人「風に立つライオン」を設立しました(現在は解散)。「風に立つライオン」は、私が2000年にインド・コルカタのマザー・テレサの施設で体験した「医療の原点」を医学生や若い医師に体験して欲しいと考えて設立しました。

「良医」育成の原点を体験できる場所として、コルカタのマザー・テレサの施設とアフガニスタンの中村先生の施設を選びました。