「ポリコレ」を重視する風潮は「感情的な被害者意識」が生んだものなのか?

『アメリカン・マインドの甘やかし』(2)
ベンジャミン・クリッツァー プロフィール

その背景にあるのは、アイデンティティ・ポリティクスと呼ばれる現象だ。アイデンティティ・ポリティクスとは、人種やジェンダー、あるいはイデオロギーや金銭的利益などの共通の特徴に基づいた集団を形成して、政治に動員することである。「目標を達成するために集団を形成する」ということ自体は政治的な行為としてはごく普通のものであるのだが、問題なのは、近年では「共通の敵に基づいたアイデンティティ・ポリティクス」が盛んとなっていることだ――とルキアノフとハイトは言う。

「共通の敵に基づいたアイデンティティ・ポリティクス」では、ただ単に集団の成員の特徴が共通しているだけでなく、敵となる「やつら」を設定して、他者に対する怒りや憎悪をアピールすることによって集団が結束させられる。たとえば、アフリカ系やラテンアメリカ系などの有色人種であるなら白人に対する敵意、女性や性的マイノリティであるなら男性に対する敵意を表明することが、重要視されるのだ。

ルキアノフとハイトは、1960年代や1970年代における新左翼運動の理論的支柱であったヘルベルト・マルクーゼの思想が現代のアイデンティティ・ポリティクスにも影響を与えている、と指摘する。マルクーゼは「右」と「左」の対立を強調したうえで、社会全体の寛容を保つためには右翼に対しては不寛容にならなければならないという「抑圧的寛容」の思想を展開して、異なる意見を持つ人に耳を貸さなかったり積極的に言論を弾圧したりすることを正当化した。

現代の学生たちもこのマルクーゼ的な発想を実践しているが、その結果、集会の場やSNSなどですこしでも「誤った発言」や「攻撃的な発言」をしてしまうと自分が同世代の若者たちから「敵」と認定されて糾弾されてしまう……という恐れを抱えて生きる羽目になっているのだ。

 

日本は、アメリカほど極端ではないが…

では、日本においては「私たち対やつらの不真実」は信じられているのだろうか?

人間には「私たち」と「やつら」との党派に分かれて部族的な対立に陥りやすい生得的な傾向が存在する、というハイトの主張には多くの心理学者が同意することであろう。ただし、ハイトがこの傾向を「スイッチ」のようなものであると論じていることは重要だ。つまり、普段はオフとなっている 心理的なスイッチが、社会的な環境や政治状況などの外的な要因によって押されることでオンになり、部族的な対立が生じるということだ。

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