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「ポリコレ」を重視する風潮は「感情的な被害者意識」が生んだものなのか?

『アメリカン・マインドの甘やかし』(2)

なぜアメリカの大学ではポリティカル・コレクトネスを重視する風潮が強まったのか。その要因を「世代」にスポットを当てながら社会学的・心理学的に分析した書籍『アメリカン・マインドの甘やかし』(未邦訳)の議論を紹介する本連載。第一回はこちらから。

「被害者意識」の拡大

前回の記事に引き続き、憲法学者のグレッグ・ルキアノフと社会心理学者のジョナサン・ハイトの共著『アメリカン・マインドの甘やかし:善い意図と悪い理念は、いかにしてひとつの世代を台無しにしているか(The Coddling of the American Mind: How Good Intentions and Bad Ideas Are Setting Up a Generation for Failure)』(未邦訳)を紹介する 。

彼らは、昨今のアメリカの大学に存在するポリティカル・コレクトネス的な風潮は、学生たちが誤った三つの考え方=「三つの不真実」を信じていることに由来する、と論じている。一つ目の不真実は「虚弱性の不真実:人は傷つくことで弱くなる」であった。今回は、残り二つの不真実に関するルキアノフとハイトの議論を紹介しつつ、彼らの議論が日本にも当てはまるかどうかについて検討してみよう。

 

二つ目の不真実は、「感情的推論の不真実:常に自分の感情に従え」である。

感情的推論とは「認知の歪み」の一種であり、自分の感情や感覚に従って得られた結論を、理性や理屈によって後付けで正当化しようとすることを指す。

認知行動療法では、自分の感情が適切で正確なものだとは前提せずに、「自分がいま抱いている考えや認識は感情に左右された誤ったものであるかもしれない」という可能性を理性によって吟味することで、認知の歪みを修正して感情をコントロールすることが行われる。

これは「批判的思考」とも呼ばれる行為であり、認知行動療法のみならず、学問を修めるうえでも求められるものだ。また、感情的推論は「過剰な一般化」や「ラベリング」などの他の認知の歪みを引き起こすが、これらを修正することは他人と対話するうえでも重要なことである。