東京から京都に拠点を移したジャーナリストの秋尾沙戸子さんと、その秋尾さんを京都の師と仰ぐ東村アキコさんの連載「アキオとアキコの京都女磨き」。京都を知ることは日本を知ること。タイムスリップし、その時代を感じられる京都でふたりが体感した奥深さをお伝えしていく。
連載3回目の今回は、年末年始に迫った受験にも関係する「北野天満宮」。ここが学問の神さまとして以外に人気の秘密とは。

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天神さまの総本社

かつて、本当にかつて、私にもみんなと同じ受験生だった時代がある。
「通りゃんせ、通りゃんせ、ここはどこの細道じゃ、天神さまの細道じゃ♪」

厳しい両親からのプレッシャーは大きく、いま思い出しても強いストレスの中にいた気がする。多くの受験生がそうするように、私も「天神さま」のお守りを強く握りしめて入学試験に臨んだ。生まれは名古屋だが、東京育ちゆえ、湯島天神に参拝。天神さまは学問の神さまと言われているからだ。

菅原道真公が祀られている「北野天満宮」の国宝御本殿。春には紅梅が美しく花を咲かせる 写真提供/北野天満宮

天神さまは、正しくは天神社もしくは天満宮という。祀られているのは菅原道真公だ。彼は歌に書に秀(ひい)でた才能を持つ平安時代の優秀な学者で、宇多天皇、醍醐天皇二代にわたってご寵愛(ちょうあい)を受け、学者でありながら政治家として右大臣にまで昇りつめた。政治家のポストが貴族で占められていた時代に、学者が右大臣の座に就くなどとは、異例中の異例。当然のように彼の出世は貴族の嫉妬を買った。なかでも左大臣の藤原時平の妬みは半端なく、彼の策略によって道真公は無実の罪で九州の大宰府に飛ばされる。のち、二度と京都に戻ることはなく、大宰府で命を落とした。

ところが、道真公亡き後、彼を陥(おとしい)れた藤原一族が次々に変死を遂げた。天皇の住居である清涼殿に雷が落ち、やがて天皇までが亡くなった。疫病蔓延や天変地異も続いた。よもや菅原道真の祟(たた)りではあるまいか。都では大騒ぎになった。そして道真公を「天神」(=雷や天候をつかさどる神)とみなして、平安京を護る神として祀られることになった。これが後の北野天満宮であり、いまや全国に12000社もある「天神さん」の総本社である。

その北野天満宮が最近、受験生でもない若い女性たちに人気なのだ。天下の名刀「鬼切丸」が収められているからである。

「鬼切丸」――。以前なら聞き逃したその名前も、『鬼滅の刃』を観てしまったら、素通りできない私である。しかも、期間限定とはいえ境内の宝物殿で、その実物が拝めるとなれば、これは行ってみるしかない。