美術解剖学とは、人体の内部構造と体表(外形)との関係を、解剖学的に考察し、そこから得た成果を彫刻、絵画などの造形美術に生かした美術分野です。古くから造形の基礎的条件として重要な分野とされ、ことにルネサンス以降は、制作者だけでなく愛好家や鑑賞者の間でも医学に立脚した解剖学的知識が高まりました。ダ・ヴィンチやミケランジェロ、ラファエロらは、自らも解剖経験を重ねて優れた解剖学的知識を作品に示しています。
イラストレーターとして活躍する金井裕也氏は、東京医科歯科大学の解剖学教室の実習に参加し、多くの解剖図譜を制作しています。今回は、リアルな人体表現のために、解剖学の知識がどう生きてくるのかを、金井氏に解説してもらいました。歴史の時間に学んだラスコー洞窟の壁画に描かれたヒト形の線描、あるいは縄文時代の埴輪や古代ギリシャのクロース(男性像)やコレー(女性像)など、古来、「人間」は重要な芸術のモチーフでした。
しかし、現代に近づくに従って、人間が芸術作品の対象になる度合いは、相対的に減ってきました。ところが、現代になってコミック・アニメーション・ゲームといった新しい芸術ジャンルでは、人間を表現することが大変盛んになり、人間は必要不可欠なモチーフとして復活したといえると思います。
世界的な広がりを見せ、時代の先端ともいえるこれらのジャンルでは、日進月歩のコンピューター技術と、大量消費文化により、大変なスピードでの制作が要求されます。これらに登場するキャラクターの創作も同様でしょう。
そこで表現される人間の形態や動きは、人体の「解剖学的な構造」と「各部の可動範囲」という制約を負うことになります。表現されたキャラクターのちょっとした不自然な動き、からだの線などに違和感を覚えた鑑賞者による厳しい指摘は、結構多いものです。
これは、制作者のみならず鑑賞者も日常的に不特定多数の人間と接して無意識ながら人間を観察しているためでしょう。
ですから制作にあたっては、人体における制約を頭に入れながら、動きをいかに自然に、リアルに描くかという視点が重要になってくるわけです。
そのためには、まず人体の構造を大づかみに理解して、構造が姿形(フォルム)と動きにどう関わっているのかを見てみましょう。