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離婚しているのか、していないのか…芸能人夫婦に「腐れ縁」が多いワケ

ビッグ・カップルたちのその後

おたがいの才能に惹かれ合う

数多くのビッグ・カップルが生まれ、また破局を迎えた平成の時代──でも、我々のような“外野”の人間からすれば「離婚しているんだか、していないんだかよくわからない」という奇妙なスタイルで絆を緩やかにつなぐ、不思議な夫婦も稀ながら実在した。今回はそんな奇妙な関係のいくつかを紹介しつつ、“腐れ縁”の尊さについて考察してみよう。

まずは、坂本龍一と矢野顕子のケース。

「教授」のニックネームで知られ(※東京芸術大学院卒業)日本初のアカデミー賞作曲賞受賞者であり、「世界のサカモト」の名を欲しいままとする坂本と、「天才」「鬼才」「奇才」……と、さまざまな「才」の称号を持つシンガーソングライター・矢野との「出会い→結婚」は昭和にまで遡る。

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伝説のフュージョンバンド『KYLYN(キリン)』で活動を共にし、その後、坂本と細野晴臣と高橋幸宏の3人で結成した『YMO』の世界ツアーに参加した矢野に、坂本が惚れ込んだ……らしい。

ただ、この時点でまだ、坂本は学生結婚をした女性との離婚が成立していなかった。矢野も前夫と離婚してから9ヶ月しか経過しておらず、「挙式や入籍なんて形式であり、そんな俗っぽいことは必要ない」とのポリシーに則(のっと)り、しばらくは事実婚状態。入籍は二人のあいだに生まれた、現在はミュージシャンを職とする坂本美雨が2歳を迎える前の1982年2月だったという。

しかし、夫婦としての共同生活は長くは続かず(原因は坂本の女性関係だという説がもっとも有力だが?)、二人はまもなく別居状態に……。2002年ごろからスポーツ紙が大々的に破局を報じたりしたものの、最終的には正式に離婚が成立したのは2006年の8月、坂本は54歳で矢野が51歳のときであった。

かのパブロ・ピカソが1973年に91歳で死去したとき、当時小学5年生だった筆者は、正直申して「え! まだ生きてたの!?」といった驚きのほうが勝っていた。そして、坂本&矢野夫婦の離婚報道にも同じような“意外さ”がよぎったのを、よくおぼえている。「え! まだ別れてなかったの!?」と。

 

一説によると、矢野は「アーティストとしての夫あっての私というのが基本的にある」と語っており、(坂本の)ある程度の浮気は公認していた……とも聞く。別居している時期でも、矢野が世界的に著名なギタリストのパット・メセニーと「コラボしたい」と訴えたところ、坂本は自身のアカデミー賞力を駆使し、電話一本でそれを実現させたという逸話もある。

……と、ここからは、あくまで筆者の“推測”なので、読み流してもらってもかまわないのだけれど、結局、この夫婦はおたがいを「アーティスト」として最大限にリスペクトし合っていたがゆえ、なかなか離婚へと踏み切れなかったのではなかろうか? プロデューサー気質にも優れる坂本本人も、「龍一はピアノが下手だから」とジョーク混じりに言い放った(との噂がある)矢野のピアニストとしてのテクニックや、シンガーソングライターとしても突出した“天賦の才”を一番手放したくなかったのかもしれない。才能に惚れ込んでの腐れ縁──これもまた、れっきとした「一つの夫婦のかたち」だと言えよう。