賽銭泥棒「逮捕の瞬間」を、顔出し・実名で報じたテレビ局への「強烈な違和感」

「背景への想像力」が必要だ
白波瀬 達也 プロフィール

今回、賽銭泥棒をはたらいた男性に知的障害があったかどうかは分からないが、「何らかの困りごとを抱えている人だ」という発想になぜ至らなかったのだろうか。この賽銭泥棒の報道を目にした時、筆者は警察とテレビ局が一体となって社会的弱者を容赦なく晒し者にしているように思えてならなかった。

わずかばかりの想像力があれば実名報道にはならなかったはずだし、逮捕劇の瞬間の面白さだけを強調したいのであれば、顔にモザイクをかけることができたはずだ。テレビ局は警察から提供された情報に対し、自社の判断に基づき実名で報じたり、匿名で報じたりする。モザイクをかけるか否かも原則的にテレビ局が判断する。とするならば各局の報道は、たった655円の窃盗で顔と実名が全国に晒されることの弊害に鈍感すぎたのではないだろうか。

〔PHOTO〕iStock
 

このことについて『犯罪からの社会復帰を問いなおす』(2020年)の著書を持つ掛川直之氏(立命館大学衣笠総合研究機構専門研究員)は次のように指摘する。

「30歳で無職のこの男性は、警察に逮捕され、場合によっては送検され、起訴され、有罪判決を受け、刑務所に入れられ、その後、どうなるのか、ということを考えてみる必要があるのではないでしょうか。賽銭箱の鍵をこじ開けるでもなく、ひっくり返して数百円の小銭を稼ぐことでしか収入を得る方法がなかったと思われるこの男性を、刑事司法に関与させ懲らしめることで、彼は賽銭泥棒以外の別の生きる術を得ることができるのでしょうか。

この男性は数ヶ月、数年後にはわたしたちの社会に戻ってきます。まずは、彼がなぜ賽銭泥棒をおこなったのかという背景に目を向ける必要があります。そのうえで、たとえばこの男性を刑務所に服役させ、出所したあと、わずかばかりの作業報奨金を元手に彼は生活を再建することができるのか、ということを考えなければなりません。そうすれば自ずと、この男性に必要なのは刑罰ではなく、彼の特性や生活状況に応じた『居場所』と『出番』を創出するために伴走していく生活支援だということがわかるのではないでしょうか」