前田万葉枢機卿とフランシスコ教皇

日本人が知らない「潜伏キリシタン」迫害の歴史

日本で唯一の枢機卿一族の過酷な家族史

来日時の教皇にも寄り添って

2019年11月23日から26日にかけて、ローマ教皇フランシスコが来日した。

過密なスケジュールの中、長崎と広島を訪れて被爆者を見舞って世界に平和を訴えたその姿は、いまも記憶に新しい。教皇が強く希望したのが、カトリック教徒迫害の地である長崎訪問だった。

そして、教皇に寄り添うようにお世話をしたのが、前田万葉枢機卿である。教皇の来日直前に前田枢機卿に伺ったお話を胸に、今回私は前田枢機卿の生まれ育った五島列島を訪れた。前田枢機卿は、日本唯一のカトリック枢機卿である。

私が訪れた五島列島は、長崎県の西に位置する、北から順に中通島(なかどおりじま)、若松島、奈留島、久賀島、福江島をはじめとした大小140余りの島が重なるように浮かぶ美しい島々である。ここは、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」としてユネスコの世界文化遺産にもなっている。

はるかかなたまで重なる美しい島々

前田家は、壇之浦の戦いで敗れた平家の落人だという。船で中通島のさらに北にある小さなひょっこりひょうたん島のような六島(むしま)に逃げ、そこに住み着いた。

「私の母方は潜伏キリシタンで、父方の前田家は祖父の時代に仏教から改宗しました。大工をしていた祖父の前田峯太郎は25歳の頃、上五島の仲知(ちゅうち)というカトリック信者の集落に家を作りに行ったのです。宿などはありませんから、信者の家に下宿しながら仕事をしていくのです。

信者の生活は毎朝の教会での祈りから始まり、日曜日も家族全員で教会に行きます。峯太郎はその行いに感動し、自分も教えを受けたいと考えるようになりました。やがて神父のもとでキリスト教を学んだ峯太郎は洗礼を受け、その翌年、仲知で出会った紙村ヨノと結婚します」

 

仲知は五島列島の中でも「五島の果てなる北の端」といわれるほど、中通島の細長く伸びた北端にある場所である。

険しい小高い山があり、そこからは東に五島灘、西に東シナ海がよく見える。仲知は「知る仲」と書く。その名の通り、キリストを知っている仲、全員がお互いを知っている仲。地域に居ついている人たちはすべてカトリック信者で、かつて大村藩(現在の長崎県あたり)から逃れて住み着いたのだという。

今も五島列島には、50あまりもの小さな美しい教会がある。しかし、そもそもなぜ遠い島々にこれほどの信者が住み続けていたのだろう。