インフルエンザワクチンと「ワクチンで自閉症」問題の正体

反ワクチン運動とはなんだったのか
大脇 幸志郎 プロフィール

歴史からなにを学ぶか

この記事はワクチンの歴史を駆け足で振り返りつつ、ワクチンの成果と不信は表裏一体の歴史をたどっていることを指摘してきた。

現代にたどりついたところで、最初の問いに戻ろう。反ワクチンとはなんだったのか。それは、ワクチンそのものだ。

問題はワクチンが本質的に安全か危険かではない。「ワクチンは危険かもしれない」というイメージがすでに広まっていることが問題だ。それは知識の問題ではない。もともとイメージは現実とは関係ないからだ。

ワクチンの歴史は過信と失望の振り子だ。そのことを知っている人がワクチンに対してするべきことは、振り子の振れ幅をなるべく小さくするよう、世論が過信に傾けば水を差し、失望に傾いたときにこそかつての業績を思い出させることだ。いまはどちらだろう?

信頼とは、一度の失敗で傷つけば数倍の成功によってしか回復されないものだ。
そして、事実とイメージは一致しないのが当然で、それぞれ独立して歴史的に生成される。

かつての無数の失敗によって受け継がれてきた「ワクチンは危ないかもしれない」というイメージに対して、最新のワクチンの安全性を説明して事足れりとする態度は、線に対して点でしか答えていない。過去の蓄積に対する敬意がない。膿瘍の上から抗菌薬入り軟膏を塗って治そうとするようなものだ。

いままさに、ワクチンをどう語るかで、医学に関わる人の良心が問われている。医学誌各誌はおおむね一致した見解に到達している。

連邦政府の応答は最初のCovid-19のワクチンの命運を決めるだけでなく、アメリカの科学政策の最も重要な局面のひとつに対して大衆からの信頼が崩れつつある中でなにが残るかをも決めるだろう。(New Engl J Med. 2020 Sep 15. Online ahead of print.

許されない、許してはならないことは、自暴自棄になって科学の原則と倫理的な研究の価値観を棚上げにすることだ。臨床医は適切な方法で試されていないワクチンを打つべきではない。研究者はそんなものを十分なデータなしに追認してはならない。科学コミュニティにとって、SARS-CoV-2のワクチンを多くの人に受け入れてもらうチャンスは一度しかないのだ。(JAMA. 2020 May 26;323(24):2460-2461.

安全性を示すことがCOVID-19のワクチンの命運を決めるだろう。ワクチン受容率だけでなく、広く予防接種全体に対する信頼にとっても。(Lancet. 2020 Sep 12;396(10253):741-743.

ワクチンを作るだけで終わりではない。ワクチンに対する信頼をも、同時に作らなければならない。信頼は有効なワクチンがあれば勝手についてくるものではなく、歴史をふまえたコミュニケーションの努力によって作られる。そのためには、不誠実な約束をしないことはもちろん、世の中に対して謙虚に耳を傾けることこそが、研究者と臨床医の役割なのだ。
 

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