インフルエンザワクチンと「ワクチンで自閉症」問題の正体

反ワクチン運動とはなんだったのか
大脇 幸志郎 プロフィール

米からの伝言ゲーム

さて、アメリカの失敗と反省は、日本ではまったく逆と言いたいほどの意味合いで受け取られることになる。

日本で反インフルエンザワクチン論の旗振り役となっている母里啓子は、ある本でこんなことを言っている。

80年、CDC(米国疾病管理センター)から調査団が来日して、日本のインフルエンザ対策について調査しました。その結果、「学童への集団接種がインフルエンザ予防に有効だという証拠は見つからない」と報告しています。(母里啓子+山本英彦+浜六郎監修『医者には聞けないインフルエンザ・ワクチンと薬』、69ページ)

この箇所だけではなく、「CDCが学童集団接種を否定した」という認識は母里の議論の中でしばしば現れる。

たしかにCDCは「有効だという証拠は見つからない」という意味のことを言っている。ただし、「見つかるはずがないから実験的に証明しよう」という文脈で。

母里の言葉を文字通りに受け取るなら、母里はCDCの報告書を読んでいないか、誤解している。特に1976年との関係を取り違えている。CDCが「慌てて飛びつくのはやめよう」と表明した文書のわずかな文言に、母里は慌てて飛びついたのだ。

母里はいわゆる「前橋レポート」にも慌てて飛びついている。

「前橋レポート」は前橋市が1979年の副作用疑い例におびえて(行政責任として訴えられるおそれがあったため)学童集団接種を中止したことを追認させるため、もともと集団接種に否定的だった由上修三を班長とした研究班に書かせた調査報告だ。その内容は、期待されたとおり、集団接種の中止後もインフルエンザの流行は増大していないというものだった。

CDCが予言したとおり、このような場当たり的な調査で意味のある結果が得られるはずもなかったのだが、CDCを理解していない母里は、意味のある結果だと思ったようだ。

ウェイクフィールド事件

1976年以後の徹底した反省の結果、アメリカはワクチン不信を払拭できただろうか。
答えはあまり明るくない。アメリカのワクチン不信は日本よりはるかに強い。最近の調査によれば、「承認された新型コロナウイルスのワクチンがいますぐ無料で打てるとしたら打ちたいか」という質問に「打ちたい」と答えた人の割合は50%しかなかった。

なぜこんなにワクチンの信用がないのか。1976年のせいだけではない。最近の反ワクチン論としてよく話題にされるのが「MMRワクチンで自閉症になる」という説だ。

最初に言っておくと、この説はまったく事実無根のデマだ。

1998年にイギリスの医師のアンドルー・ウェイクフィールドが、12人の子供の行動異常とそのうち8人がMMRワクチンを打っていたことなどを『Lancet』に報告した。実はウェイクフィールドはワクチン被害を主張しようとしていた弁護士と5万5千ポンド(当時の相場で900万円ほど)の契約を結んでいたのだが、そのことは利益相反として開示していなかった。論文は不正があったとして撤回され、ウェイクフィールドは医師免許を剥奪された。MMRワクチンと自閉症に関係などなかった。

さて、これだけなら「金目当ての嘘が広まった」という話で済みそうなものだが、自閉症の噂は到底ウェイクフィールドひとりの力でなしえたとは思えないほどの広がりと根強さを示している。20年以上が経ったいまも、イギリスだけでなくヨーロッパ、アメリカ、そして日本にも、ワクチンと言えば自閉症と連想する人は少なくない。
なぜこんなに嘘が広まり、そして消えないのだろうか。

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