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今こそ冷静に考えるべき、ワクチンと副作用の切っても切れない歴史

反ワクチン運動とはなんだったのか

できてもいないワクチンの皮算用

新型コロナウイルスのワクチン開発が話題になっている。

臨床試験での好成績が報告される中で、政府があらかじめ購入契約を取り付けていたこともおおむね好意的に受け止められている。同様の契約は数ヵ月前から、総計で日本の人口の数倍にのぼる回数のワクチンを購入するべくなされてきた。

だれもがコロナの制御を願っているいま、ワクチンに対する期待が高まるのは理解できる。しかし冷静になってみれば、通常の審査を経て有効性と安全性を認められ発売されたワクチンはまだひとつもない。ロシアがスプートニクVと名付けたワクチンはすでに流通しているようだが、その効果を示したとされるデータを疑う意見もある。

だから、政府の「先手」も、そもそも発売されるかどうかもわからないものを何億回分も購入しようとしていたわけだ。ある程度のやりすぎは織り込まざるをえなかったとはいえ、あまりに常軌を逸しているのではないか。日本だけでなく多くの国が似たようなことを考え、ワクチン購入の国際枠組みをすでに作っている。お笑い草もみんなでやればお笑い草に見えなくなる。

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期待が高まる一方で、未知の副作用を警戒する声もある。中にはおよそ現実からかけ離れた理論に基づいて、既存のワクチンをも忌み嫌う考えもある。「反ワクチン」はこの先しばらく「夜の街」の次の標的になるかもしれない。

この記事は、ワクチンの歴史を振り返りながら、ワクチンに期待する考えとワクチンを怖がる考えとの深い溝が、どのように生まれ、ますます深く掘り下げられてきたかを考察する。

ワクチンの偉大な業績

当たり前のようだが、ワクチンに対する信頼はその実績に支えられている。現在広く使われているワクチンは、かつて人類の大きな脅威だった病気をおおむね過去のものにした。

天然痘に至っては病原体が地上から根絶されたため、すでに予防接種は行われていない。ポリオも根絶を目指す長い取り組みが続けられていて、いまや野生株ポリオウイルスの流行が持続している国はパキスタンとアフガニスタンしかない。南北アメリカ大陸からは麻疹(はしか)と風疹もすでに排除されている。日本も2015年に麻疹の排除国となった。

こうした病気の制御に対してワクチンの貢献は計り知れない。ワクチンがなければ人類がここまで長生きできる時代は来なかっただろうし、人類はこれからもワクチンを手放さないだろう。