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夫・秋篠宮さまはいずれ天皇に…紀子さまが夢見る「皇后陛下」の椅子

3LDKのプリンセスから「国母」へ

六畳の寝室でプリンセスを夢見た女の子が、次なる国母になろうとしている。「傍流」だった秋篠宮家は、紀子さまの存在で皇室の「主流」へと躍り出る。行く手を遮るものは、もはや何もないのか。発売中の『週刊現代』が特集する。

美智子上皇后の言葉

東京・目白、学習院大学の裏手に隠れるようにたたずむモルタル壁の建物。大学職員の家族が入居する共同住宅の70平米の部屋で、同大学4年生、川嶋紀子さん――のちの紀子さまは家族と倹しく暮らしていた。

'89年夏に突如報じられた、秋篠宮と紀子さまの婚約。紀子さまには「3LDKのプリンセス」という愛称がついた。

張り込む記者は「紀子ちゃん! こっち向いて!」と気安く呼びかけ、ベランダで洗濯物を干したり、スーパーで大根や納豆を買って帰る紀子さまの姿をカメラに収めようとした。アイドルさながらの扱いに、紀子さまははにかんだ表情で俯いてばかりだった。

 

それから30年あまりが経ち、54歳を迎えた紀子さまの姿は皇居中心部の「松の間」にあった。

皇室の最重要儀式が執り行われる、370平米もある欅板張りの大広間。ここで11月8日に行われた「立皇嗣の礼」で、どこか頼りなげな印象の秋篠宮とは対照的に、紀子さまは実に堂々たる振る舞いを見せた。

当日、取材した宮内庁担当記者が証言する。

「乾門から車で皇居へと入る際には、秋篠宮さまがじっと前を見つめて無表情だったのに対し、紀子さまは窓外を笑顔で見回したり、待ち受けるカメラに向かって会釈したりするなど、余裕ある様子が印象的でした。

儀式の最中にも、秋篠宮さまは頻繁に目を泳がせていましたが、紀子さまはいつものように微笑をたたえ、じっと動くことがなかった。どちらが主役なのか、と思ってしまうほどでした」

それもそのはず。この日、日本中に示されたのは、秋篠宮が「次の天皇」すなわち皇嗣となったことだけではない。紀子さまが「次の皇后」であることをも国民に知らしめる、一世一代の晴れ舞台だったのである。