細かく言葉を取り上げるのは気が引けるが(切り取るようでもあり)、本文を読んでいても、驚くような表現が多い。
「立派な住処」「異世界にように感じた」「ときどきそんな自分とは違う生き方を覗きに行きたい気持ちが生まれる」「私たちはおじさんたちのような路上生活をしようとは思っていないし、現在のテクノロジーに囲まれた生活を続けていきたいと思っている」「私たちが日常生活をしているなかでは触れる機会が少ない体験をおじさんたちを通してできるという刺激」「家を持っていても、いなくても、明日を乗り越えていくためにはそれなりの工夫や努力が必要で、その点に関してはおじさんたちと私たちはおなじだと思う」「生きかたが違うからこそ、相手のやりかたを見て気づけることがきっとたくさんある」などがそうだ。
記事の問題点はいくつかあると思うが、下記のようなものは挙げられるだろう。
もちろん、著者に、ホームレスの人たちに対する悪意のようなものがあるとは思わない。文体は優しく率直で、3年間も継続して関わっていくなかで書かれた内容であり、ホームレスの人たちとの信頼関係も築かれているのだと思う。
また、記事に追記された著者コメントの「この連載を通して、私たち二人自身が最初にもっていたようなホームレスの方々に対する思い込みを取り除き、彼らの培ってきた力を伝えていけたら」というのも本心なのだろう。
しかし、この記事で欠けているのは、ホームレスの人たちが、なぜホームレス状態に陥ったのか、そこでどのような苦しさや困難があるのか、という視点である。
もちろん、これは、記事を書くにあたって、あえて「排除」したのかもしれない。読者に社会問題としての「ホームレス問題」としてではなく、このテーマを描きたかったのかもしれない。
ただ一方で、3年間継続的に関わりをもち、取材をしていくなかで、そういったホームレスの人たちの抱えるしんどさに触れる機会はなかったのであろうか。