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『鬼滅の刃』、中1の娘を魅了した「いい子な主人公・炭治郎」…その〈新しさと古さ〉

「忠」「孝」から「ケア」へ
堀越 英美 プロフィール

『猿飛佐助』を連想した

初めてアニメ版『鬼滅の刃』を見た際に、私がまず連想したのは、大正時代の子どもたちの間で一大ブームを巻き起こした立川文庫の『猿飛佐助』だった。立川文庫とは、立川文明堂という出版社が発行した「書き講談」のシリーズである。

似ていると感じたのは「少年剣士の修行モノ」という骨格だけではない。説明的なセリフ、モノローグの多さである。セリフで状況を説明しすぎることは通常好まれないが、言い回しに独特のセンスがあるので心地よく響く。これが講談から生まれた立川文庫的なのである。以下は『猿飛佐助』の序盤で、3年におよぶ剣術・忍術の修行のつらさを佐助が独白する箇所である。

佐「アア睡(ねむ)い睡い、稽古をしてもらうのは有難いけど、これでは身体が続かない、お負けに夜分何時来るのか分からぬと言われては、辛抱が出来なくなる、乃公(おれ)は彼(か)の老人に責め殺されるのかもしれない……、イヤイヤそんな弱音を吐いてはまた叱られる、ナニッ糞ッ、これ位いでウ……ム……」(角川ソフィア文庫「猿飛佐助」雪花山人)

 

弱音を吐き、自分を奮い立たせるまでを一息で語る。この過剰な語りが、内面を想像する余地のないカラッとした読み味に一役買っている。真田幸村の家来になってから展開される奇想天外な忍術バトルでは、佐助だけでなく悪役も「ハッハハハハ、左様なことは釈迦に説法、百も承知二百も合点だ。世の中は太く短く暮らすが得だよ」などと持論を語りだしたりして能弁だ。

「水の呼吸」ならぬ「水遁の術」で洪水を巻き起こせる佐助の超人パワーをもってすれば天下統一も夢ではないはずだが、剣術で降参させた佐助の説教で相手が改心するのが十八番となっている。佐助が戦うのは、あくまで主君のため。「忠」という儒教道徳に従順な「いい子」なのだ。