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『鬼滅の刃』、中1の娘を魅了した「いい子な主人公・炭治郎」…その〈新しさと古さ〉

「忠」「孝」から「ケア」へ

「いい子の主人公を見たことがなかった」

先日、「初見の人間が感動して泣くところを見たい」という『鬼滅の刃』ファンの中学1年生の娘に連れられて、『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』を鑑賞した。「こんなに泣きを期待されて泣かなかったら、ハードめな反抗期が前倒しで来てしまうのでは……。泣いたら泣いたで恥ずかしいし」。

そんな心配は幸い、杞憂に終わった。劇場の明かりがついてみれば、我々だけでなく、隣の母娘も前方の席の父息子も、小学生男子グループも10代女子3人組も、みんなべそべそ泣いていたからである。今まで子連れで訪れてきたどんなファミリー映画でも、これほどの熱気を体験したことはなかった。

〔PHOTO〕Gettyimages
 

歴代記録を次々に塗り替えるほどの大ヒットとなれば、当然にその人気の秘密を知りたくなる。『鬼滅の刃』の魅力を語りつくすには早口でも5億年かかるという娘に言わせれば、絵、セリフやオノマトペのセンス、小説のようなモノローグ、とにかく何もかもがよいということなのだけれども、特に好きなのは主人公の竈門炭治郎(かまどたんじろう)とその妹・禰豆子(ねずこ)のキャラクターだという。

「今まで読んだ少年マンガや大人のマンガで普通に優しくていい子の主人公見たことがなかったから。敬語使えるしマナー守ってるし」
「守られるだけのキャラがいないところがいい。禰豆子ちゃんも最初お姫様ポジと思ってたらいきなり鬼の首蹴り飛ばしてたからまじびっくりした」
「やっぱきょうだい愛、家族愛がいいよ。人間が好きなのは家族愛だから」

未就学児向けの特撮ヒーローや『プリキュア』シリーズならいざしらず、少年向けの主人公が道徳的な「いい子」であるのは珍しいらしく、多くの人が「いい子すぎてつまらない」「目新しくて新鮮」と評するのを目にする。とはいえ戦前の少年文化までさかのぼれば、こうした主人公は決して特異なものではない。