社会にはびこる「見えない圧力」

この「15年ミッション」を女性に与えているもの、それは「ケア労働=女性がすべきもの」という価値観に基づいた社会の見えない圧力だと私は考えている。

冒頭で紹介したように、私の妻は出張の度にケア労働以外の仕事に意識を向けることを驚かれている。同様に日本では、友達と会う、飲み会に行く、買い物に行く、髪を切りに行くなど、どんな些細なことであっても女性がケア労働以外のことを優先させようとすると、「家事は?」「子供は?」「許す旦那さんが偉い」といった言葉が夫、友人、同僚、親族など、あらゆる方向から投げかけられる。

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そしてこれが日常的に続くと、「ケア労働をしない=悪」かのような罪悪感が植え付けられ、女性がケア労働以外に意識を持つことが抑制されてしまう。これこそが女性の意識を必要以上にケア労働に向けさせる「圧力」の正体である。

この圧力を男性である私が受けることはほとんどない。そして実際そんな私は、苦しむ妻を見るまでこの圧力を軽視していた。社会に「ケア労働=女性がすべきもの」という価値観が溢れている事実を知りながらも、それが女性にとって圧力になっていることを真剣に捉えきれていなかったのだ。日本における女性のキャリア構築を阻害する決定的な要因の一つは、私のように社会の半数を占める男性の多くがこの圧力の存在を放置していることなのではないだろうか。

一方で、男性に対してだって「仕事=男性がすべきもの」という圧力があるとの意見がある。確かにそのような男性性による苦しみはある。しかしそれは「ケア労働=女性がすべきもの」という圧力による女性性の苦しみと表裏一体の問題であり、反対の事象ではない。女性性に関わる圧力をなくさずして男性性に関わる圧力がなくなることは原理的に起こりえないのだ。誰もが生きやすい社会の実現のために、皆を苦しめる圧力の存在を今一度男性も含め社会全体で見直すべきなのではないだろうか。