眞子さま「衝撃の手記」…大批判されても“命がけ”でご結婚を選択するワケ

不幸せなときも寄り添い合った二人の今後
井戸 まさえ プロフィール

失敗する自由がない

さて、この手記の中で、特に注目したいのは「選択」のくだりである。「選択」とは 多くのものの中から、よいもの、目的にかなうものなどを選ぶことだが、眞子内親王を含め皇族に、結婚も含めその機会が十分にあるかといえば、そうではないだろう。

かれらにとって、そもそも、目の前に存在する選択肢は、自分が選ぶ前に既に誰かが選んでいるものだ。それは「皇族方には失敗させてしまってはならない」と、失敗が許されない前提で組まれる。

逆を言えば、皇族は失敗する経験を積む機会が極端に少なく、トライアンドエラーのエラーが許されない。「失敗する自由」がない「選択」が本当の選択なのかという問いは、歴史学者でもあった三笠宮崇仁親王や「ヒゲの殿下」で知られる寛仁親王の著作やインタビューからも推し量れる。

そういう意味では、眞子内親王は大学の選択も含めて「自分で選ぶ」ということにこだわっているように見える。

〔PHOTO〕gettyimages
 

もちろん、失敗のリスクもある。それが高いからこそ結婚については危惧の声が上がるのであろう。では、リスクを避け、無難な結婚をすることが果たして幸せを保証するのかどうか。過去の例を見て眞子内親王は知っているはずだ。

これまでも女性皇族はいわゆる理想の結婚相手として、旧華族等を中心に選ばれた婚姻相手と結婚したが、それで幸せな一生を終えたかと言えばそうとも言えない。

また、見合い結婚を断り、戦後初の内親王の降嫁として話題になった昭和天皇の第三皇女鷹司和子氏のように、制約のある中でも比較的自由度が高く、愛の伴う婚約期間をもった結婚でも、夫が他の女性とともに情死するというスキャンダルに見舞われるケースもあった。

ちなみに、昭和天皇は娘の不遇に心を痛め、赤坂御用地内に住居を移すよう配慮をしたが、そこは和子氏の死去後、眞子親王が誕生する前年の1990年から、誕生後の1997年まで、秋篠宮御仮寓所となっていた。和子氏の例は今回の眞子内親王の結婚に秋篠宮夫妻が慎重になる理由の一つかもしれない。