江戸の初めから約400年、平成元年に閉山されるまで、日本一の金銀産出量を誇った佐渡金山

【史跡佐渡金山】今でも浜辺には金鉱石がごろごろしてるって知ってた?

賃金、ネコババの語源は佐渡島にあった!?

金山にとって最大の敵は水だった

新潟港を出発したジェットフォイルは1時間ほどで佐渡に到着した。佐渡といったら、目的地はそう、「佐渡金山」だ。

一攫千金を夢みる人々の黒い欲望。クモの巣のように張りめぐらされた闇の坑道。江戸時代から続く栄枯盛衰の物語……閉鎖された鉱山には、廃墟や古戦場みたいに独特のロマンがありそうで、いやがうえにも期待は高まる。

 

佐渡金山は島の西側の相川にある。車で海辺の坂道を上って江戸時代の建物を再現した相川奉行所の立派な御殿の前を通り過ぎ、そこから緑濃い山道を上ってほどなく金山の入口に到着した。

「史跡佐渡金山」の案内を読むと、自由に見学できるコースは2本。江戸時代の様子を忠実に再現した「宗太夫(そうだゆう)坑コース」と、明治以降の近代的な施設を保存した「道遊抗コース」だ。さらに予約制でガイド付きの見学ツアーもあるぞ……等々を読んでいるうちに、今回案内してくれる美人ガイドのIさんがやって来た。

見学ルートはやはり江戸時代の宗太夫抗コースから。宗太夫抗の入口は、幅二メートル、高さは三メートルもある。江戸時代初期に作られた大型坑道で、鉱石の採掘と運搬技術が十分に発達した1690年代には、主な「間歩(まぶ:入口ごとの鉱区域)」のひとつだったという。なかには江戸時代に最も金を算出したといわれる「割間歩(われまぶ)」も含まれている。

見学路は当然、穴の中だ。見学しやすいように整備された通路はしばらくまっすぐ地下に降りてゆく。かつての坑道を縫うように見学ルートが通り、ランダムにいろんな場面に出くわすようになっていた。約280メートルだから、そんなに長くはないものの、12種類もの場面がギュッと詰まっている。

坑内にはいまもガラガラと水を汲みあげたり、カンカンと槌を打ったりする作業音やかけ声が響いていた。「なじみの女に会いてえなあ」と言いつつ、一生懸命働いている人々は、例によってリアルな人形だ。

江戸時代の坑内の様子が、リアルな人形によって再現されている

最初の「水上輪(すいじょうりん)と樋引人足(といびきにんそく)」の場面では、斜めの坑道に上から下まで人がずらりと並び、直径30センチほどの木製の樋(とい)の端でドリルのようなハンドルをいっせいにぐるぐる回していた。樋の長さは3メートルほど。

「水上輪は1650年代から使われていました。アルキメデスのポンプを改良したものだっていうふうに言われています。中の回転軸にらせん状の羽がついていて、回すと水の位置が一段ずつねじあがっていって、上からはき出すという仕組み。これを何十本も使えば、地上まで水を運び上げることができます」

水上輪を繋げて排水する画面が再現されている

さすが、オフィシャルガイドであるIさんの解説はよどみない。

「いま私たちがいるところは地下110メートル。金山開山後、わずか90年足らずで鏨(たがね)と金槌だけでここまで掘っちゃったのよ。そのため、佐渡金山にとっては湧き出る水が最大の敵でした。坑道が水没したらもう採鉱はできないからね」

水上輪はキリスト教の宣教師が伝えたと言われ、深いところでは300艘(そう)も使ったという。鉱石を運ぶたびに特許料を支払うぐらい画期的だったそうだ。
 
作業がひととおりわかるように、このあとも展示が続く。ハイライトの「採掘作業」をはじめとして、落盤防止用に鳥居型の支柱を作る「山留普請(やまどめふしん)」、明かり(火)を確保するために工夫をこらした「排水・通気・照明」、原理は現在とほぼ同じで極めて精度の高かった「測量法と間切(げんぎり)改め」などが紹介されていた。間切は探査用の坑道で、水抜きや排気などのために掘るものもあるという。

なんというか、佐渡金山といったらもっと原始的でミジメな仕事かと思っていたら、技術的に相当発展していたのはまったくもって意外だった。しかも、組織的にもしっかりしていたらしい。

「鉱山の中で働く人は技術者とそうでない人に分かれていて、技術者は『大工』と呼ばれていました。当時、家を建てる人は『番匠(ばんしょう)』でしたからね。金山には鉱石を採る「金穿(かなほり)大工」、落盤防止の支柱を建てる「山留(やまどめ)大工」などがいて、ほかは大工の手伝いをする「穿子(ほりこ)」と、その他の雑用が「人足」です」

坑道を確保する山留大工の作業の様子

「大工」が技術者で、「穿子」「人足」がアシスタントと。

「金穿大工は髷(まげ)を結っていたし、お給料は高かったの。だけど、もしかすると坑道が崩れちゃうかもしれないし、明日の命もわからないわけで、その分遊びは派手。宵越しの金を持たぬのが山の男の粋、だったなんて言われていたようですよ」

そんなみんなの熱心な仕事ぶりは、ぜひ宗太夫抗コースでご覧ください。