日本のメディアが絶対に報じない、中国・三峡ダムの真実

ダム建設の背後にあった壮大な「計画」
羽根 次郎 プロフィール

ここで着目すべきは、このうち14の区と県が、国家によって経済振興が重点的に進められる貧困地域にあたる「国家級貧困県」に指定されていたことである。地勢険しい山間部に位置する重慶市の周辺には、歴史的に寒村が多い。つまり、重慶市の直轄化にはそもそも、山間部の貧困問題と大規模な立ち退き問題への対応という政策課題が込められていた、ということにもなるのだ。

アジア通貨危機の余波

一方、新重慶市誕生の1997年は、世界的にはアジア通貨危機が起こった年でもある。投機主義的なマネーゲームの「副作用」がアジアで露わになるや、今度はアメリカへと逆流したホットマネーがITバブルを出現させた。2000年ごろにはそのバブルも弾け、アメリカでは数十万人規模の失業者が出ていた。

アジア通貨危機当時の江沢民国家主席[Photo by gettyimages]
 

世界的に過剰なマネーサプライによる経済不安定化リスクへの対応策として、中国は内需拡大によって輸出依存型の産業構造から脱却することを目指した。これは同時に、豊かな沿海部と貧しい内陸部との経済格差の解消を意図するものでもあった。1999年9月22日、中国共産党は第15期中央委員会第4回全体会議にて、以下の決定を採択している。

国家はインフラ建設を優先的に行い、財政移転支出などの措置を増加させることで、中西部地区〔内陸部〕と少数民族地区の成長を加速させるよう支えていきます。また、国家は西部大開発戦略を実施しようとしております。…(中略)…東部地区〔沿海部〕は改革と発展を加速させると同時に、互恵互利、優勢互補、共同発展の原則に基づき、産業移転、技術譲渡、経済援助、合同開発といった形で、中西部地区の経済発展を支持し促進させなければなりません