「カリスマ案内人」が贈る、現実と妄想が入り交じる新感覚「京都グルメ」探訪

小説家・柏井壽が特別寄稿
ドラマ化された『鴨川食堂』の作者と知られる小説家・柏井壽さん。テレビや雑誌の京都特集の監修を数多く務め、“京都のカリスマ案内人”とも称される柏井さんが、この度上梓したのが『月岡サヨの小鍋茶屋』。13年連続ミシュラン三つ星獲得の名料亭「日本料理かんだ」の神田裕行氏からも太鼓判をいただいた一冊になっている。今回、出版を記念して、著者の柏井さんが主人公・サヨとまさかの妄想デート。現実と小説がリンクした奇想天外な老舗京都グルメツアーをご賞味あれ。

老舗『殿田食堂』の絶品ラーメン

妄想をたくましくするのが小説家の常ですが、ときとして現実と妄想がない交ぜになり、その区別が付かなくなることがあります。

つい先日のこと。仕事の合間を縫って、行きつけの『殿田食堂』で中華そばを食べていたときのことです。

殿田食堂

ガラガラと引き戸を開けて、着物を着た若い女性が、店に入ってくるなりぼくを指さして叫んだのです。

「か、柏井先生ですよね。うち、月岡サヨです。うちをモデルにして小説を書いてくれはりましたよね。うれしいて、うれしいて、ずっとこの『小説現代』を持ち歩いているんですよ」

そう言って、月岡サヨと名乗った女性は、ラーメン鉢の横に雑誌を置きました。

「ありがとうございます」

とりあえず礼は言ったものの、このあと、どう対処すべきか困ってしまいました。

たしかにサヨという女性を主人公にした小説を書きましたが、モデルにした女性などいませんし、ましてや幕末の話ですから、つじつまが合いません。ひょっとしてアブナイ女性だとすれば、関わらないほうがいいでしょう。隣のテーブルに座った女性に会釈を返して、中華そばを食べ続けることにしました。

殿田食堂のラーメン

基本的にこの店はうどん屋なのですが、京都ではこういう店の中華そばが実に旨いのです。ラーメンよりあっさりしていて、麺もスープも焼豚も申し分ない旨さです。

「先生にお願いがあるんですけど」

僕が食べ終わったころを見計らって、女性が切りだしました。

「サインならいくらでもしますよ」

「それもやけど、京都のお奨めの食べもんを教えて欲しいんです。滋賀県から引っ越してきて、まだ間がないもんで」

ぼくに向けた顔を見れば、まだあどけなさが残っていて、たしかに思い描いていたサヨによく似ています。

 

「分かりました。まずはこのお店のたぬきうどんをお奨めします」

そう言うと女性はすぐに、たぬきうどんを注文し、美味しそうに食べ始めたのです。

京都のたぬきは東京と違って、刻み揚げを具にした餡かけで、この店の名物にもなっています。

「ショウガが効いてて美味しいですね」

素敵な笑顔を向けられて、ちょっとドギマギしたことが切っ掛けになり、サヨのグルメツァーに付き合うことになりました。