中曽根康弘元首相[Photo by gettyimages]

戦後最恐のフィクサー・児玉誉士夫と、中曽根康弘の「クロすぎる」関係

「中曽根逮捕」の可能性もあった
戦後最大の汚職事件と言われるロッキード事件。なんと当時自民党幹事長だった中曽根康弘も、この事件に関与していた…! しかし彼は国会の調査委員会や特捜部の追及を逃れて政界を立ち回り、総理大臣へとのし上がる。その知られざる本性を、ノンフィクション大作『ロッキード疑獄』から紹介する。

中曽根の正体を暴いた衝撃の前編記事はこちら
 →中曽根康弘、なんとスキャンダルの「もみ消し」をアメリカに依頼していた…!

 

中曽根と児玉の親密な関係

中曽根がロッキード事件に関する情報のもみ消しを要求した理由は何か。すでに世間では、自分と児玉誉士夫との関係は知られており、児玉をめぐる疑惑が自分に波及する可能性を恐れていたことが考えられる。

児玉に対する検察側の冒頭陳述書に、児玉と太刀川恒夫、中曽根の関係が簡単に記されている。太刀川は1955年、山梨県立日川高校を卒業後、児玉の著作を読んで「共鳴し」、児玉のような人間になろうと考えて上京、1960年に児玉宅へ書生として住み込んだ。

その後、児玉から政治の勉強をするよう指示され、河野一郎代議士を通じて中曽根を紹介され、中曽根の書生となり、中央大学法学部政治学科二部に入学、昼は中曽根事務所で働き、夜は大学に通った。66年大学卒業後、児玉の秘書となり、児玉事務所で働いていた(注1)。現在は「東京スポーツ」紙会長である。

中曽根と児玉の関係、ロッキード事件への関与については、いくつか資料がある。