「効率化」は幸福をもたらさない。〈コモン〉の力で社会変革を!

経済思想家・斎藤幸平氏に聞く【後編】
斎藤 幸平 プロフィール

消費者として生きていくだけでいいのか?

――前編でマルクスの「疎外」について触れました。労働者目線でいえば、仕事にどこかよそよそしさを感じ、結果「働かされている感」を抱いてしまう。マルクスは、この疎外の要因に「分業」をあげていました。

 

斎藤 仕事が分業になり、細分化され、一人ひとりの任される領域が狭くなると、「組織の『一歯車』に過ぎない私」という意識も時に芽生えると思います。

――アダム・スミスが「ピン」の製造を例にとって分業の利点を語りましたね。たとえば、ハリガネを伸ばす人、真っ直ぐにする人、切断する人、尖らせる人と分担すれば、確かにより多くのピンは作れる。でも……。

斎藤 終日ハリガネを真っ直ぐにしている人には、もしかしたら自分のしていることにどんな意味があり、最終的に何が完成して、それがどう社会の役に立っているかが「よく見えない」かもしれません。そうなると「生産者としての私」という意識も希薄になっていくでしょう。

――ビジネス的な用語で表現すれば、生産者マインドより消費者マインドの方が強くなっていく、という話になります。

斎藤 残業や過労死が問題になるくらい人々は働いています。なのに、多くの人たちは、生産者であることよりも消費者であることにアイデンティティを見いだしている。「私はレクサスを持っている」「iPhoneを使っている」「港区のタワマンに住んでいる」――。ネットを見れば無数の消費物にアクセスできます。ブランド品で自己実現をする人もいるでしょう。

人々は生産よりも消費にアイデンティティを見出している(photo by iStock)

けれども、消費者だけでいようとすると、人は無力になっていくというのが、私の考えです。私たちはどこから来たかもよくわからないものを毎日消費していますが、それは危ういことです。

――多くの人に依存しなければ、食事すら成立しない。

斎藤 そう、だから、分業しているフローのどこかでトラブルが起きたら、大変なことになります。コロナ禍のパンデミックでは、マスクや消毒用アルコールが手に入らなくなった。気候変動では、食料が手に入らなくなるかもしれない。恐ろしい事態は容易に想像できます。

だからこそ消費者としての立場に安住しているだけではダメなのです。そして、前編で述べたように、消費を変えるだけではリスクを減らしたり、変革を起こしたりはできません。 

例えば、食料危機のリスクを考えるなら、自由貿易の推進よりも、食料自給率を高めていくことが必要です。つまり、生産と労働の現場から社会を組み立て直さなければなりません