斎藤幸平氏

「効率化」は幸福をもたらさない。〈コモン〉の力で社会変革を!

経済思想家・斎藤幸平氏に聞く【後編】
前編では、「サステナブル」や「環境にやさしい」といった物語がマーケティング的に機能し、新たな消費を生み、結局は自然が破壊され続けていること、また、実質的な生産に比べて生産の役に立たない「ブルシット・ジョブ(=クソくだらない仕事)」に多大な資源とエネルギーが割かれていることを確認した。私たちは、生存に不可欠な本来の生産活動からかけ離れた「不必要な」生産、生産、生産に駆り立てられ、疲弊している。生産性を高めるために業務効率化が言われるが、それで仕事がラクになったと実感する人も少ない。事態はどうなっているのか。経済思想家・斎藤幸平氏に引き続きお話を伺った。(取材・文/正木伸城)
 

「効率化」信仰は労働者を幸せにしない

――いま日本で声高に叫ばれている「生産性向上」「業務効率化」は正直、労働者の幸せに結びついていない感じがします。効率化でコストカットが実現しても、生まれた余剰は設備投資などに使われていく。家計に還元されないのが実際です。

斎藤 この矛盾の背景に、「効率化」信仰があると考えています。効率化すれば事態は必ず良くなると、根拠なく信じられていますよね。公共部門の民営化や大阪の都構想など、目的は効率化だとされていますが、ここで奇妙なのは、その効率化を実現するためであれば、どれほどのコストがかかっても構わないという態度です。たとえば都構想関連では100億円が使われたという報道がありましたが、大阪を良くしたいならもっと別の方法があるのではないでしょうか。

そもそも、効率化が進んでも、浮いたお金が労働者に還元される保証はないわけです。資本主義は生産性を高めて利益を出そうとするものですが、効率化して利益が出たら、さらなる効率化や設備投資によって、もっと儲けようとするシステムです。資本主義の利潤追求に際限はありません

しかもその効率化のための技術開発によって、またもやエネルギーや資源が使われる。地球環境は悪化するし、自分たちの生活も脅かされる。「何のための効率化か?」と考え直す機会を持つべきだと思います。

効率化は労働者に還元されているか?(photo by iStock)

――生産力増強を求めるがゆえの効率化では、地球も人も幸せにならない。むしろ効率化を追求するのなら、目的は「生産」ではなく、たとえば地球という環境で生きる人間の「幸せ」や「節度ある生活」にすべきだと。

斎藤 資本主義システムが続く限り、その目的の転換は難しい。むしろ、人間や自然の破壊を進めてしまう。その意味で、資本主義もいよいよ「効率的」ではなくなってきている。

だからこそ、資本主義を批判し、疑義を唱え、資本主義そのものを廃止しようといった議論がもっと出てくるべきです。とりあえずSDGsを目指せばいいという態度ではなく、公正で、持続可能な未来をもっと大胆に追求しなければいけない。そうすれば、資本主義自体を乗り越えるラディカルなイノベーションも追求できるはずです。

――私たちは資本主義を前提にしてものを考えがちですね。「資本主義の終わりを想像するより世界の終わりを想像する方が簡単だ」とのフレデリック・ジェイムソンの言葉を思い出しました。

斎藤 そう、でも、もはやそのジェイムソンの言葉に縛られていてはダメなのです。資本主義を終わらせる方法を想像しなくてはなりません。