家族という「呪縛」

子らは、なぜ女性に介護を押しつけたのだろう。仕事をしている男性が孫であっても押しつけただろうか。明治民法の家制度から現在まで、日本社会は、「男は仕事、女は家庭」という性別役割分業に基づき、長時間労働が可能な男性が職場の基幹労働者、管理者となり、家事・育児・介護(ケア)を女性に任せて、効率的な経営を可能にし、高度経済成長を果たすことができた。

今もなお性別役割分業の意識と社会の構造は根強く残っている。女性に祖母を介護する法的な義務がないにもかかわらず、子らが介護を女性に委ね、女性がこれを引き受けた背景には、こうした意識や社会構造がある。

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1994年、国連国際家族年において、家族は定義不能とされた。時代、社会、人によって家族の捉え方が異なり、多様だからである。そのときの標語は「社会の核に民主主義を打ち立てよう(building the democracy at the heart of society)」だった。

家族を「社会の核」と捉え、当事者の合意によって結びつき、構成員が個人として尊重され、対等な関係となり、当事者の話合いによって生活が営まれることを「民主主義」と表したのである。

家族とは、相互に助け合い、安心と安全を保障する親密な関係だと思う。他方で、家族という概念は、血縁重視、ケアを女性に強制することに結びつくおそれがある。このケースの女性のような苦しみを繰り返させないためにも、私たちは、役割を強制するような家族の呪縛から逃れる必要がある。