オードリー・タン「強制のない社会、安心できる社会のために」

オードリー・タン 自由への手紙(10)
語り)オードリー・タン,  構成)クーリエ・ジャポン プロフィール

多様性を犠牲にしない保守とは?

「保守的である」ことは、昔ながらの制度なり伝統なりを尊重するので、誰も犠牲になることがありません。

たとえば台湾には20を超える言語があり、それぞれに固有の原住民または移民の文化圏があります。これらはどれも尊重されてしかるべきものです。

※画像はイメージです。Photo by iStock
 

ところが人間は進歩の名のもとに、短絡的な解決に走るソリューショニズムのような考え方に飛びつきがちです。すると、あるひとつの軸にもとづく進歩のために、しばしばそれ以外の文化を犠牲にしてしまいます。

一つを選ぶために、そのほかを捨てる。

これは私の言う「保守主義」ではありません。

私が考える「保主主義」とは、社会が共通の価値観に合意すること。

これが何よりも重要であり、20の異なる文化のような多様かつ伝統的価値を犠牲にしてまで、進歩一辺倒であってはいけない、ということです。

アナキズムと老子の教え

そして私の言う「アナキズム」とは、高圧的行動に訴えることなく、変革に取り組む、ということ。

暴力や権力で威圧できる、既得権益などを独占している、ただそれだけの理由で他者を従わせてはならない、ということです。

だから私にとってのアナキズムは、爆弾を投げつけるたぐいの混乱ではありません。もしも「アナキスト」という言葉が過激に響くのであれば、「道教」と言い換えてもいい。私にとっては道教もアナキズムも同じものです。

老子の思想も影響している道教の柱となる考え方は「安全な場所」をつくることです。その場所ではさまざまに異なる価値観が混然としていて、「何が正しいか」を押し付けられることがありません。強制のない世界――これが中心となる考えです

この発想があれば、いかなる多様な価値観、意見、文化があろうと、混沌を恐れることはないと考えています。

一つの正しさのために、進歩のために、他の正しさや他の文化、他の声がかき消されてしまうこともありません。

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