児玉誉士夫(左)と汪兆銘(右)[ウィキメディア・コモンズ]

A級戦犯から「最恐フィクサー」にのしあがった、児玉誉士夫のヤバすぎる半生

首相選びにまで参加した「フィクサー」
戦後最恐の「フィクサー」と呼ばれた右翼の大物、児玉誉士夫。日本海軍内で「児玉機関」を結成し、中国大陸で秘密工作に関わっていたとされる。終戦後、東京裁判でA級戦犯となった児玉は、いかにして「戦後政財界の黒幕」にのしあがったのだろうか。新刊『ロッキード疑獄』から、ダークサイドを駆け上がる児玉の様子を、一部編集のうえ紹介する。

戦前の児玉に迫る前編記事はこちら→角栄が恐れ、中曽根が泣きついた…戦後「最恐のフィクサー」児玉誉士夫の正体

終戦後、数兆円を手にした

連合国軍総司令部(GHQ)のインテリジェンス機関、防諜部隊(CIC)は児玉を「極めて危険な人物」として、徹底的に調査した。

児玉誉士夫[Photo by gettyimages]
 

終戦の時点での「児玉機関」の財務試算表が児玉ファイルに収められていた。その総額は、447億1476万3517円42銭。現在の価値に換算すれば、優に兆の単位になるだろう。繰越金は15億1039万6421円42銭、となっている。

児玉機関は、1943~44年に出した巨額の剰余金で、日本国内の鉱山にも投資していた。京都府船井郡や山梨県のタングステン鉱山、島根県や福岡県のモリブデン鉱山などが挙げられている。さらに、各地で不動産も所有した。

児玉機関の資産は、元はと言えば、国家予算から出ている。これらの資産は国に返還されるべきものだった。

児玉自身が明らかにしたところでは、児玉は、東久邇内閣の米内光政海軍相に会い、児玉機関の資産を全部「海軍で収納していただくように」と申し出た。

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