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# 中国

教えましょう、東洋文明の伝統技・相手を動かす「人たらし」のツボ

西洋ではポスト・コロナを乗り切れない

ルールに人間が支配されては終わりだ!

11月7日の記事、「世界の流れは西洋から東洋へ…アフターパンデミックの時代に輝く『客家』の成功法則」」で述べたように、産業革命以降西洋が中心で回っていた世界が、東洋に回転軸を移しつつある。

それでは、西洋と東洋は何が違うのか? 箇条書きにしたらたぶん本記事には収まりきらないだろうが、その中で私が象徴的かつ重要だと考ええているのは、

西洋はルール(原則)で動く
東洋は人間(性)で動く

ということである。

もちろん、社会のありようとして、誰もが公正なルール(原則)に従って公平に扱われることは大事である。「人治主義の政治は概ね腐敗する」ことは、過去の歴史を見ても明らかだ。

しかし、ルールに国民が支配されるのはファシズムや共産主義などの全体主義の特徴である。「ルールのために人間が存在する」ような「1984年」的な世界はまっぴらごめんである。

人間はロボットでもコンピュータでもない。一人一人が無限の可能性を持った個性豊かな存在である。だから、すべての人を同じルールで「外側から」押さえつけようとするのも明らかな誤りだ。学園ドラマに出てくる「髪型やスカート丈に異常に執着する教頭先生」を思い起こしていただければその愚かさがすぐにわかる。

実は大騒動になっている今回の米国大統領選挙についても感じるところがある。この選挙がいわゆる「発展途上国並みの不正がはびこった選挙」であったとの疑惑は、11月7日の記事「郵便投票不正疑惑―結局、不信と分断を決定的に増幅した米大統領選挙」で述べたが、「米国分断」の問題の本質は「人間対人間」のコミュニケーションができていない点にあると思う。

確かに、トランプ氏は西洋型の典型的人物で、相手の言い分に耳を貸さないが、バイデン氏や民主党をあからさまに擁護するオールドメディアや大手SNSなども、自分たちに不利な情報は「報道しない自由」を駆使して相手との対話を拒否している。つまりコミュニケーション不能状態だ。

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第1回のテレビ討論会が象徴的だが、相手の言い分を聞かないで自己主張するだけであれば、わざわざ「2人で討論」する必要はない。トランプ氏ばかりが非難されるが、トランプ氏の質問に真摯に答えないバイデン氏にも大きな責任がある。このような状況であれば、それぞれ「独演会」を開けばいいだけである。

 

コミュニケーション不足による問題は「米国分断」だけではない。我々の身の周りで起こる問題の多くが「意思の疎通が十分でない」ことによって生じているのだ。