愛が一番というのは嘘

――「おらは周造の死を喜んでいる。そういう自分もいる。それが分がった」という一文が印象的でした。この言葉に込めた想いを教えてください。

『おらおらでひとりいぐも』より

若竹:夫という、自分も含めた家族の意志を決める者を失ったことで自己決定権を手にしたときの爽快感、ですね。誰にも何の遠慮もせずに、自分の思いを100%実現できるようになった気持ち。夫への愛を失ったわけではなく、それ以上に何ものにも代えられない自由を得た、自分の翼で羽ばたける、という想いがありました。だからね、愛が一番というのは嘘だと思う。

愛と“支配”は表裏一体というか……。いまだにね、うちの夫があの世から帰ってきたらいいのにな、と思ったりもするんですが、同時に、帰って来られたら困るな……とも(笑)。「愛こそすべて」みたいな言い方ってありますよね。これは文化的な刷り込みだと思うんです。小説の中に「愛あればこそ」という宝塚の歌を出したのですが、あれは名曲だけれども、時によっては「愛にこそ一番高い価値がある」という価値観をそのまま受け取ってしまうこともあると思うんです。もちろん愛には高い価値があると思いますけど、愛からの解放にも価値があるということを、私は夫の死から知ったんです

『おらおらでひとりいぐも』より
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――「男を立てて可愛らしく生きてきたけれども、同時にそれは夫も飲み込んでいた」という桃子さんの述懐が、男女関係の複雑性を表していると思いました。

若竹:小説には「(夫を)守るために守られた」という文章がありますが、私と夫の関係にもそういった側面があったように思いますね。夫を立てているようで、私が支配しているようなところもあったと思います