――どうしても親は、子供には自分以上の人生を送ってほしいと願ってしまいますしね。

若竹:子供に全く期待しないというのは不可能だと思いますが、それでも、自分の存在証明を子供に託してしまうとしたら、そうした親のあり方は、子供にとって諸悪の原因になるかもしれない

親自身の、自分の人生に対する不満が、子供に過度な期待を負わせている点もありますよね。そして親の自分への不満は、例えば景気が悪いとか、非正規が増えているとか、そうした世の中の風潮とも少なからず関係があると思うんです。社会で起きる問題の多くは、立場の弱い者にシワ寄せがいきがち。家族でいえば、一番立場の弱い者が子供ですから。

『おらおらでひとりいぐも』より
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今の親子関係は最終形ではない

――子供のためと言いながらも、どこかで自分のためになってしまうのが親の性(さが)という話を先ほどされましたが、親の役割とは何だと思いますか?

若竹:自戒を込めつつ言いますが、見守る、「まぶる」(「見守る」の方言)ということでしょうか。ある程度大きくなったら、子供を信じて見守ってあげることしかできないと思うんですよね。私の父は毎日のように、「孫子(まごこ)が遠隔の地におりますれば、何卒神仏のご加護をよろしくお願い申し上げます」と神棚に向かって祈っていたんです。今になって、その気持ちが分かります。

もう自分の力が及ばない。助けてあげようと思っても、ただただ子供を信じて幸せを願うことしかできない。その代わり、「あなたの後ろには父さんも母さんもいるよ」って支えてあげる。親が生き生きとして十全と構えていれば、子供は背中に温かい存在を感じて、自分自身を信じて生きていけるのかなって。あんまり手を出さないほうがよかったかもしれない、自分の子育てについてそう思いますね。

『おらおらでひとりいぐも』より

――桃子さんは長男に期待をかけすぎて関係が少々疎遠になりましたが、それも若竹さんの実体験ですか?

若竹:実は、息子が大学へ入学して独り暮らしをするために家を出るときに、私の期待が重かったと言われたことがありました。それをきっかけに、息子とは1年ほど音信不通になったんですよ。でもね、今は仲がよくて。親子って、その場その場で対立するときもあるけれど、やはり結局は分かりあえるものだと思います。

腹が立つことがあっても、それが“最終形”じゃないんだってことは、私の経験から知ったことです。“今の親子関係”がそんなによくなくても、嘆くことはない。男女関係でもそれは同じかもしれませんね。偉そうなことは何も言えませんが、なるようにしかならないと思います。