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「ワクチンを打たせたい人」と「絶対打ちたくない人」の対立が根深い根本的理由

米国医学史から学ぶこと

反ワクチンは非科学か?

先日、ある雑誌のワクチン特集に寄稿したところ、反ワクチンを非科学的なトンデモ主張と同一視したり、大衆迎合のポピュリズムの一種とみなしたりする考えの人びとが「知識人」に案外といて少し驚いた。

もちろん、宗教的あるいは思想信条からワクチンは「ダメ絶対」とか身体に良くないと考える人びとも一部に存在する。

だが、いわゆる「反ワクチン」を主張する大多数の人びとは、100%アンチという意味ではなく、ワクチンの有害作用に対する漠然とした不安ともっと安全なワクチンが開発されるのが好ましいという希望を言っているにすぎない。

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より良い医療を求めるニーズそのものはまったく正しいものだ。

さらにいえば、個人の権利の認められている現代社会では、自分の身体のことは他人に指図されずに自分で決めるのが当然、ワクチンを打つかどうかは自己決定権の範囲で、その結果は自己責任というのも理にかなっている。

では、なぜ反ワクチンの主張が非難されがちなのかといえば、「みんなにワクチンを打たせたい人」の声がとても大きいからだ。

その声の根本にあるのが、集団免疫とか社会防衛という考え方である。