photo by gettyimages

科学は「わかった」から「見えた」「役立つ」まで何十年も

宇宙や素粒子の研究は何の役に立つのか

日常生活から離れた宇宙や素粒子の研究をしていると、よくあなたのやっていることは何の役に立つのですかと言われます。正直、「またか」と思いつつも、いつものお決まりのセリフを答えます。いつか、理解が広がるように、と願いつつ。

「GPSってあるでしょう。そう、カーナビに使われているやつ。GPSは地球を回っている人工衛星からの信号を使っているので、地球の重力の影響を受けます。だから一般相対性理論の補正をいれないと、1日に数十マイクロ秒ずれていってGPSを正しく運用できないのです」

GPS58年、陽電子47年――科学の実用化は時間がかかる

上記のようなやり取りが実に多いわけですが、GPSに関しては、実用化したのが1973年なので、1915年に一般相対性理論が提案されてから58年後に社会に役立つことに使われたのです。

役に立たないと思われている、基礎のまた基礎理論も、時間が経てば役に立っています。また1932年に最初の反物質として発見された陽電子は、47年後の1979年にPET(陽電子断層法)として医学的な体内透視手段として実用化されています。こうした事例は枚挙にいとまがありません。

【写真】GPSとして実用化されるまでに58年かかった一般相対性理論が、GPSとして実用化されるまでに58年かかった photo by gettyimages

もっとも、基礎科学上の大きな発見の社会に対する意味には、「100年経てば役に立つのだ」ということではなく、世の中に「科学的考え方」「科学的世界観」を広めるという重要な側面があります。

時間がかかるということでは、宇宙や素粒子の研究で「存在が示唆」されてから実際に「発見・確認」されるまで、かなりの時を要しているものがあります。

ニュートリノの存在予測は1930年にパウリによってなされていますが、原子炉で生成されたニュートリノが検出されたのが26年後です。ほぼ4半世紀経ってから見つかっています。太陽ニュートリノが理論的に期待するよりも観測量は少ないという、太陽ニュートリノ問題の最初の示唆は1969 年であり、それがニュートリノ振動によるものと、確定したのが2002年ですから33年後のことです。

もっと最近の事例では、素粒子の標準モデルにおいて、最後の未発見だった、素粒子に質量を与える役割を持つヒッグス粒子が発見されたのが2012年です。これは、ヒッグス粒子の存在を予言するヒッグス機構の提案が1962年だとすると、ちょうど50年後ということになります。うーむ。みなさん忍耐強く探索を続けていますね。

234年かかってブラックホールを「見た」⁉

宇宙に目をむけると、もっと壮大になるかもしれません。

先日のニュースでブラックホールの直接観測に成功したというのがありました。以前からブラックホールの存在は様々な観測で実証されていました。たとえば重力波を出しながら2重星が合体してブラックホールを形成してゆく様子、銀河中心の巨大質量ブラックホールの存在など、疑う余地がありませんでしたが、直接「見た」のは昨年(2019年)のイベント・ホライゾン・テレスコープの観測によるものです。

【写真】EHTで観測されたブラックホールイベント・ホライゾン・テレスコープの観測によって撮影されたブラックホール photo by EHT Collaboration

かつてラプラスがニュートン力学で光が脱出できない天体の存在を指摘した1796年がブラックホールの原点だとすると、実に234年後に「見た」ということになります。もっともより正確な一般相対論を使ったブラックホールの理論的予想(1939年)から数えても81年経っています。

膨張宇宙の決定打であるペンジアスとウイルソンによる3K宇宙背景輻射の発見は1964年ですから、最初にアルファー達が背景輻射の温度を予想した1948年からは16年後です。これはとても早い方ですね。