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「この屈辱を、全バッターに味わわせてやる!」1985年の落合博満を語ろう

有藤通世×佐藤義則×村瀬秀信 天才が奮起した伝説の一年

「史上最悪の三冠王」と呼ばれた男は、開幕前にリベンジを宣言。圧倒的な打棒で、再び三冠王を獲得する。真に「オレ流」が認められたのは、あの年だった。

有藤通世が語る「不仲説」の真相

佐藤義則(以下佐藤) 新型コロナの影響で、一時は開幕自体が危ぶまれた今年のプロ野球ですが、6月中旬に開幕したシーズンもいよいよ佳境に入ってきました。

村瀬秀信(以下村瀬) 打撃部門のタイトル争いも激しさを増しています。この時期になると、'85年の落合(博満)さんの成績がいかにずば抜けていたか、ということを思い知らされます。

有藤通世(以下有藤) オチが2度目の三冠王を獲った年やね。

佐藤 あの年、俺は最多勝(21勝)を獲得したけど、落合さんは本当に戦いづらいバッターでした。

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村瀬 入団7年目の'85年シーズン、打率3割6分7厘、52本塁打、146打点、出塁率4割8分1厘という圧倒的な数字を残し、打撃部門「三冠王」に輝いた。シーズン146打点は、今でもパ・リーグ記録です。

有藤 あの時期のオチに匹敵する打者はなかなか出てこないでしょう。

村瀬 ……その前に、有藤さんは、落合さんと「不仲」だと噂されていましたよね?

有藤 '84年のシーズン以降、僕に代わってオチが三塁のポジションについている。そして、'87年にロッテの監督になってすぐに、オチが中日に移籍したから、そう言われると思うんだけどね。

でも実は、僕は「オチはチームの核だから、抜けたら勝てるわけない」って思っていたよ。