一攫千金を夢見て「クジラの町」から世界へ渡った日本人移民の「戦争の記憶」

アメリカでは「反日感情」が高まり…
ヒトミ☆クバーナ プロフィール

櫻井さんも毎年ブルーム訪問に同行している。

「世界にはイルカ漁を残酷と考える人もいますし、海外に行くと差別されると思っている日本人もいます。しかし実際に会って心を通わせてみると、お互いに普通の人間だと気づく。ましてブルームには、世界中からやってきた移民たちのおかげで今の繁栄があると考える人が大勢います。若者たちは交流を通して、先人が築いた信頼関係の上に自分たちがいると知り、その歴史をつなぐことを考えるようになるんです」

移民資料室で、戦前の写真を前に話す櫻井さん

終戦から43年後の1988年、アメリカ政府は「戦時中の強制収容は人種差別であり、日系人の憲法上の人権を否定する行為」であったことを公式に謝罪した。収容所に入れられたすべての生存者に、2万ドルの補償金も支払われた。

しかし2019年、トランプ政権はメキシコ国境を越えた未成年の移民1,400人を、かつて日系人を収容した施設に入れると発表。これに対し、現地の日系コミュニティと、同じく強制収容された歴史を持つネイティブアメリカンが共に抗議活動を行った。

櫻井さんは今、移民の歴史を伝えていく重要性をより強く感じている。

「日本やアメリカの歴史を見れば、独立したピュアな人間の集団というものは存在しないと分かります。誰もが多かれ少なかれ、他の集団にお世話になりながら何とか生き残っている。そう考えると、ある集団だけを排除するのは公正ではないし、不可能だと思います」

時の流れとともに、日本人が海外に出稼ぎした記憶は薄れ、伝える人も減っていく。後世に残るのは分かりやすい成功者の物語だ。しかし、ひとことで「移民」と言ってもそこには多様な人生がある。

歴史に名の残らない誰もが、自分や家族の生活を守るためにたくましく生きた。彼らの話には、今を生き抜く我々への教訓が詰まっている。

 

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