織田信長像、狩野元秀筆、長興寺蔵

現在の日本に織田信長のような「創造的破壊者」が絶対必要なワケ

周囲が嫌っても完全実力主義を貫こう

「殺してしまえホトトギス」!

まず、次の3つの句を読んでいただきたい。

信長:「鳴かぬなら殺してしまえホトトギス」
秀吉:「鳴かぬなら鳴かせてみようホトトギス」
家康:「鳴かぬなら鳴くまでまとうホトトギス」

この句は戦国三武将のそれぞれの性格を端的に表すものとして有名だが、「殺してしまえ」という信長の過激さは本当だろうか?

確かに信長が旧弊にとらわれず、新しいものを次々と取り入れ「改革」に邁進したのは事実だ。そのための破壊もいとわなかったが、その破壊は必ず「より良い再生」が行われるという確信をもって行なわれた。

つまり、信長の「破壊には大義」があったのだ。信長のもともと持っていた性質もある。しかし、彼が傍若無人にふるまうように見えたのは、旧弊(利権)にしがみつく抵抗勢力をブルドーザーでなぎ倒していったからなのだ。

11月4日公開の「菅義偉首相は『いろいろな意味で』豊臣秀吉になれるのか?」で述べたように、菅首相が一本背負いを見事に決めた「日本学術会議」も旧弊を代表する勢力だ。

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安倍首相時代にはいくつかの分野でそれなりの改革は成し遂げられたが、「比叡山焼き討ち」のような手段が使えない民主主義社会での「改革のための破壊」には限度がある。安倍前首相の「改革のための破壊」の成果が、織田信長よりもはるかに見劣りするのは致し方ないかもしれない。

したがって、豊臣秀吉に例えることができるかもしれない菅首相は、安倍前首相の残した「改革のための破壊」の未達部分も背負わなければならないということだ。

 

また、今の日本の行政、経済、ビジネスの世界も旧弊と既得利権だらけだ。これらをなぎ倒していかなければ、「日本の明るい未来」はやってこないから、まだまだ織田信長のような「創造的破壊者」が大勢必要なのだ。